« 札幌交響楽団 第532回 定期演奏会 | トップページ | 「ハッピー・リタイアメント」 »

2010/10/19

「めぐりくる春」

梁石日氏著の朝鮮人慰安婦の過酷な体験を描いた小説book。今年は日本が勝手に「日韓併合した年(1910年)」からちょうど100年。


梁石日氏は初めて読んだけど、はっきり言って文章力ってゆーか、表現力のあんまりない人だったのね…coldsweats02。たぶんテーマで勝負punchのヒトなんだなぁ、と。わたくしがこの本を選んだのも、戦時の慰安婦を被植民地化された側から描くとどうなるのか、在日朝鮮人だという著者の作品だから、というのがその理由。「慰安婦」という言葉はなんとなく知ってたけど、具体的にどんなことをさせられてたのかは、これを読んで初めて知りました。もちろんこれはフィクションだから、全くこの通りかどうかはわかんないけど、あらましこんな感じだったんでしょうsad


慰安婦たちは、女性として(人間としても)ありえない程の過酷な仕打ちcryingに会ってるんだけど、表現がシックリ来ないせいでものすごく臨場感が希薄mist。淡々とした表現が逆にグッとくる場合もあるはずなのに、この作品に限ってはなんだか全然ピンと来なかったtyphoon。別人に全く同じエピソードを与えたり(しかも1カ所だけじゃない)、エピソードの挿入が唐突だったり、急に意味不明瞭で抽象的な思索が入ってきたり、深刻なトーン(なのよね?この話は?)なのに選択される語彙がそぐわなかったり、どうにもチグハグでヘンdown。やはりこういう重要なテーマをぐぐっimpactと描き切るためには、適切な筆力penってのが必要なんだと改めて感じたことデシタthink


被虐者としての目線は理解できるものだけど、なんせめちゃくちゃ感情移入しにくい文章なもんだから、日本軍のバカさ加減annoyもほとんど伝わって来ない。それともシツコいくらいの描込みに慣らされてるわたくしがニブ過ぎなのかしら…bearing?それにしても、なんだかすごくもったいない気がするのよね。


よかったのは、タイトルの雰囲気を表現した表紙のイラストcherryblossomだけだったかもsmile

|

« 札幌交響楽団 第532回 定期演奏会 | トップページ | 「ハッピー・リタイアメント」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

かまど姫さま。こんばんは。

またまた読んでない本に関するコメントで恐縮ですが、思い出したことを。

以前、朝鮮国籍の方のお話を聞いたことがあります。その方自身は日本育ちで、東大文学部を出ている秀才(←表現が陳腐で申し訳ない)。

いつか母国語で詩を書きたいと思っているのだが、擬声音がどうしてもうまく表現できなくて、書けずにいると言っていたのが印象的でした。

もう一つ。森博嗣氏のミステリーが韓国で出版された時、原作にはない挿絵がいっぱいついていて、本人がびっくりしたというエッセーを読んだことがあります。韓国の小説は挿絵入りが普通なのだとか。

で、何を言いたいかというと、もしかしたら韓国あるいは朝鮮の文学は、日本のそれのように、隠喩による繊細な表現をしない(好まない?)ものなのかもしれないな、と。

先に書いた東大出の方は、日本的な感覚を持っていたけど、自分が感じたことをそのままハングルに置き換えることが困難だと思った訳ですよね。森博嗣氏の小説の場合は、会話の機微を楽しんだり行間を読ませるより絵で説明してしまえ!と。

だから抒情派のかまど姫さまは、書かれた言語は日本語でも書き方はバリバリ朝鮮文学の梁石日氏の文章に書き込みがたりないと思ったのかも。

私、梁石日氏どころか韓国・朝鮮どちらの小説も読んだことがないので、ただの思いつきです。

投稿: kusabue | 2010/10/19 23時18分

kusabueさまcherry

なるほどなぁ~。文化的感性の違いっていうか、表現的感性の違いっていうこともあるのかも知れないですねぇ。なんたって山本周五郎賞作家diamondですしねぇ。

ただ、やっぱり語彙の選択の仕方には私的に違和感があるんですよ。こういう場面ではそういう単語は選ばんだろー、フツー、っていう。梁石日さんがどういう履歴の人なのか全然知らないので、ひょっとすると不当な批判なのかも知れません。もしそうだったらごめんなさい、なんですけど。

韓国文学、朝鮮文学に対する無知ぶりは私も同様ですが、私のチョー大好きheart04なドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」では、日本人よりよっぽど人間の心理の機微を心得た表現がされていたと思います(確かに単純で劇的な演出だったことも否めませんが…coldsweats01)。でも、森氏のエピソードを聞くと、記述ものと映像ものはまた違うんでしょうか???

投稿: かまど姫 | 2010/10/20 22時15分

語彙の選択については、好みじゃないってことでよいのではないですか?この本が、社会的にではなく文学的にどのような評価を受けているのかはわかりませんが。

逆に大した内容ではなくても、言葉の選び方に惚れてしまう本もありますし。

投稿: kusabue | 2010/10/20 23時10分

う~ん、単なる「好み」のレベルではないと思います。小説としての作法、っていうか、技術っていうか。

どうしても気になって、アマゾンの書評を見てみると、「闇の子供たち」の星1つ評価で、全くわたしと同じ感想を持った人がいました。でもそれも少数派。大多数の5つ星をつけてる人は気にならないんだろうか?と思って。「闇~」は文庫にもなってるようなので、kusabueさんも一度読んでみてください。

あ、痛いのはダメなんでしたっけ。

投稿: かまど姫 | 2010/10/21 20時27分

書評のぞいてみました。確かに、星5つの人はテーマ性に付けてて、星が少ない人は力量を評価してないみたいですね。

私も近日中に挑戦してみます。

投稿: kusabue | 2010/10/21 22時08分

ぜひぜひ、kusabueさんの見解を聞かせてください。

とりあえず、「痛い」のは我慢してくださいねsmile

投稿: かまど姫 | 2010/10/21 22時12分

「闇の子供たち」、全体の1/3くらいまで読みました。かまど姫さまのおっしゃる通り、感情移入できなくて、めちゃくちゃ読みにくいわ。痛さも手伝って、これ以上読めないかもしれません。

起きたことを順番に書いてあるだけで、子供の作文というか、詳細な観察日記みたい。人物同士の相関関係とかもすごくわかりにくい。

内容としてはとても悲惨なことが書いてあるので、普通なら私は悲しい気持ちになるはずだと思うのですが、この本は不愉快になってしまいます。私は通勤時や昼食時に本を読むことが多いのですが、この本はそういうシチュエーションで読むのに向きません。

でもこういうのを評価する人もいるでしょうね。本当にここに書かれているような事実があることを知らなくてびっくりした人は「すごい!」と星をいっぱい付けちゃうんじゃないかな。でもこのくらいの内容なら、人によってはあらすじ読んだだけで内容が予想できるでしょう?そういう場合は喜びであれ悲しみであれ感動したくて読むんだと思うんだけど、表現力が稚拙だとそれもできないですよね。

でも繰り返しになりますが、本は嗜好品なので、とても感動した人にはごめんなさいということで。

投稿: kusabue | 2010/10/27 20時58分

kusabueさまcherry

わかっていただけました~?私の違和感。

kusabueさんのおっしゃる通り、本は嗜好品でしょうけど、金払ったmoneybagからには(あ、これは図書館で借りたんだった…coldsweats01。でも貴重な時間は犠牲になったッangry)やはりある程度のレベルの表現技術というか、そういうものは必要かと。

それにしても、出版社の編集者はこれでいいと思ってんのかねぇthink。こんな調子で何冊も出てるってことは、いいのかgawk


投稿: かまど姫 | 2010/10/27 22時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213530/49789627

この記事へのトラックバック一覧です: 「めぐりくる春」:

« 札幌交響楽団 第532回 定期演奏会 | トップページ | 「ハッピー・リタイアメント」 »