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2011年8月

2011/08/30

「緊急解説!福島第一原発事故と放射線」

原発について考えるシリーズ第2弾。NHKの解説委員と記者らによる共著。いろんな意味で読んでるうちにムカムカannoyしてくる本book


何に一番ムカムカしたかっつーと、このヒトら、マスコミの人間のくせにマスコミ人としての反省を全くと言っていいくらいしてないことangry。ま、この本の主旨ではないからあえて口にしてないのかも知れないけどgawk


特に第4章「これから原発はどうなるのか?」という解説委員と記者の対談はムカムカannoyの極地。ま、電力業界とそれにくっつく政治家や、今回の事故処理初動の失敗についての厳しい指摘は、その通りなんだと思う。だけど、ここまでマスコミの人間として知っていながら、なぜ事故が起きる前にあんたらは声を大にして国民に知らしめなかったんだよとpunch。「こんな事故が起こるなんて想定外」だっつーんなら、アンタらが責めてる政府と一緒だよ。視聴者tvから金yenまで取っておきながら、事故後にこんなエラそうに、しかも有料の本bookで語るってのはおかしくねーかいangry?電力会社や原子力安全・保安院の説明がヘタだと文句つける前に、それをわかりやすく引き出すようしむけるのが報道のプロってもんじゃないのかねぇthink


ま、NHK記者がそういう自己の不明を棚に上げてでも発言しなきゃならないくらい、ほかのマスコミも情けないっちゃー情けないんだけどね。しかし、よその組織の硬直化を指摘する前にご自分のところの組織の有り様も見直した方がよろしいのでは?って気もしたケドtyphoon


第1章では、これ以上ないってくらい易しく原発の仕組みを教えてくれて、それは勉強になったけど、第2章「日本はどうして原発を進めたのか?」は突っ込み不足だわねng。いきなり「原子力関係の予算moneybagがついた」から始まるんだもん。「なぜ予算がついたか?」が知りたいところだと思うんだけど。やはりここがNHKの限界かsign02残念sign01


原発を考えるシリーズの第1弾「フクシマ論」とあわせて考えていくにつれ、やはり「脱原発依存」は進めていかないといけないのでしょう。「フクシマ論」のように、原発が田舎の存続に必要だったのであれば、その「必要悪」はなにも「弱者の命とひきかえ」にするものじゃなくてもいいはず。っていうか、そんな悪魔のようなものであってはいけない。要は弱者を虐げるものではなく、命とひきかえにするものでもなく、多少経済効率が悪くてもいい、そんな代替エネルギーでいいじゃん。どうせ日本はだんだん人口が減っていって経済成長を望んだところで意味はないのだから。子孫が安全に残っていける程度に身の丈に合わせてちっちゃくなってけばいいのよthink


思い返せば、わたくしがまだ子供だったころ、っつーかヘタしたら学生のころくらいまで、結構停電はあったのよね。家に帰ったらビデオのタイマーclockがチャラclearになってて予約録画が出来てなくてぎゃーcrying、とかいうことが。それがいつの間にか、こんなにチョー便利な生活があたりまえ、と思うようになっていた。便利な生活を支える電子機器類。それらは本当に「弱者の命とひきかえ」にしてまで必要なものなのかthink


さて、どこまでわたくしは不便な生活に耐えられるかしら?ってか、極度のメンドくさがりのわたくし、その前に死んでしまいそーcoldsweats01

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2011/08/29

「砂上のファンファーレ」

早見和真氏著book。著者の早見氏、どういう人なのかよく知らないけど、まだ30代前半なのに、なんて達者な小説を書く人なんでしょーcrown。感心しましたgood


バラバラだった家族が、母親の発病をきっかけに、それぞれの考え方、生き方でもってお互いを理解し、まとまっていくお話。って書くとものすごく陳腐なものに聞こえるけど、母、兄、弟、父、彼らひとりひとりの語りと、ディテールの積み重ね、気の利いた会話とセンスが感じられるユーモアも散りばめられていて、なかなか、そんじょそこらのありきたりな家族小説じゃないのよねshine。ただひとつ難があるとすれば、最終章がちょっと冗長な感じがしたくらいかな。幸せのアドレナリンが出すぎてハイになりまくりtyphoon。それともこれも計算thinksign02


でも、その幸せも「砂上のファンファーレ」なんだとすると、ものすごく感慨深いものがあるわけで…despair

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2011/08/25

「フクシマ論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」

現在東京大学の博士課程にて社会学を専攻する大学院生、開沼博氏の著作book


利便性のみを追求し電気をジャカジャカ使っていたわたくし、福島の第一原発事故後、原発というものをどう考えたらいいのかわからず、まずは歴史を勉強しようと思ってこの本を手に取りました。


開沼さんは「3.11」の直前に、「原発」を切り口に、「ムラ」(原発立地町村)と「地方」(原発立地道県)の側からのフィールドワークを繰り返しながら日本の権力のありかたを論じる修士論文を提出していたそうです。事故後、この論文に補稿するかたちでこの本が出版され、事故前の「原子力ムラ」の実態を描いたものとして今や非常に貴重な論文となっていると思います。


なぜ福島に原発があるのか?ここでもやっぱり、その謎を解くのは「戦争」でした。もともと福島は中央に近い産炭地であったことから、「中央へのエネルギー供給地」としての位置づけがあった(しかし質があまりよくないのと、陸送の費用が海上輸送よりかかるようになり北海道や九州に取って変わられてしまう)。そして戦中、「総力戦」の名のもとに軍用地として大規模な土地の召し上げがあったり、戦後は不足した塩を産出するための塩田としてその土地を企業に払い下げされたり、という感じで常に中央への貢献をしてきたエリアだったようです。


で、そんな歴史の流れのうちに、福島には「日本(中央)のエネルギー供給地としての誇り」のような意識があった、といいます。しかし、戦後の復興、高度経済成長の中で中央との経済・生活レベルの差が顕著になるにつれ、「自分たちも中央のようになりたい」という欲望が生まれてくる。平行してこれも戦後の変化だけれど、戦前まで「官選(中央→地方)」だった県知事が「民選」となり、逆に地方から中央へエージェントを送り込むといういわゆる「利益誘導」の55年体制ができてくる。そこに国土開発のための「国土総合開発法」(1950年)というエサが撒かれ、現在日本中で稼働している原発はこの後、1960年代後半までの間に誘致活動が起こり建設されたものなんですね。


当時、国民の原発への意識はどの程度だったかと言えば、ほんとんど無知、というのに等しかったようです(まぁ、福島の事故前まで各地で原発事故が起こっていてもわたくしも無関心でした…。)。この本では「愛郷心」と記述されているけれど、それでもって自分の地域へ原発を誘導した県知事も実体についてはほとんどわかってはいなかっただろうと思います。この時点で大きな影響力を振るったのが、原発を「夢のエネルギー」として一大促進キャンペーンをはった読売新聞。社主・正力松太郎が物理的にも中央と地方を取り持ったわけです。そうして、福島の住民にとっては、なんだかわけがわからないうちに「でもなんとなくスゴそうなものがオラがムラにできる」というワクワク感と、やはり「中央へのエネルギー供給地」としての誇りがあった、というわけです。


そしてあとは、わたくしたちが見聞きしているように「原発マネー」だけでなく「文化」も「中央」から導入され、「雇用」も確保され、もはや原発なしでは成り立たない「原子力ムラ」となってしまった。著者はこのかたちを「自動的かつ自発的な服従」と呼びます。「原子力ムラ」は「アディクショナル」に原発を求めると。「アディクショナル」とは、よくないことだとわかっているがやめられない、というニュアンスを含んでいる。そして「危険なことはない」と自ら信じ込む。本当に切ないことです。


福島の地元住民を一方で「自分たちで使うわけではない電力を作ってきたのにこんなことになってしまってかわいそう」と「良心派」ぶり、他方で「結局補助金とかジャブジャブもらってたんだから自業自得でしょ」と「リアリスト」ぶる人。(中略)中央の人間は結局この落としどころがどこにあるのか、この放射線という不可視なものがどれだけ自分に害をおよぼすのかが知りたいだけ。色々聞こえのいい小難しいことを言っていても、その裏には自分の身に火の粉が降りかかってきた恐怖感をどうにかしてふり払いたい、払うにも気持ちのやり場がわからないからとりあえずありものの知識や知識人に信頼を仮託し、独り善がりにつぶやくことしかできない。どうにかあらたな「神」を見つけて失われた安全・安心への信心を取り戻したいという欲望のみがそこにある。これがもっと早く収束していたら、福島よりも東京から遠いところで起こっていたらここまで騒ぎにはなっていなかった。どうせ時間が立ち(ママ)、火の粉が気にならなくなればニワカは一気に引いていく。』沖縄基地問題しかり。耳が痛いデス…。


著者は、安全な外から眺めているマスメディアの情報に寄りかかってはならない、そしてフクシマの圧倒的なリアリティから目を背けてはならないと言う。原発がなければ、家族と毎日暮らすというあたりまえの幸せも得られないほど貧しいムラの「子や孫が残って暮らせる」という夢がかなえられつつ、しかし同時にその原子力に未来を破壊されてしまうかもしれないという(福島は現にそうなってしまっているけれど)見て見ぬ不安を抱えるムラのリアリティを。


事故後、原発立地自治体での首長選や議員選の結果、原発推進派が当選したという事実を中央の人々は知る必要がある。声高に反原発を叫ぶ人たちは、自分たちのポジショニングにあまりにも無自覚なのではないか。社会正義を声高に叫んでも、それは「生か原発か」とまで追い込まれている田舎をある意味さらに追いつめることになる、と著者は指摘しています。


この著作では、こういう「原子力ムラ」を生み出したのは、戦前戦中戦後、ずっと日本の社会の底を流れ、現在も日本社会を縛っている「前近代の残余」であると述べています。原発を推進してきたいわゆる産官学の〈原子力ムラ〉も硬直的で保守的な「前近代の残余」だと。そう言われてみれば、全く日本社会全体が「前近代の残余」によって動かされているとしか言いようがない。今の政治然り、行政然り、財界然り、マスメディア然り。


興味深いのは、「ムラ」と「地方」と「中央」の関係についての記述。かつて「ムラ」と「中央」の間にはメディエーターとしての「地方」つまり「県」とか「道」ってことだけど、が重要な役割を担っていた。しかし、「ムラ」が「自動的かつ自発的」に「中央」に服従するようになり「地方」はオミットされるようになった。ここには原発立地県として主導権を握ろうとした県知事の活動についても記述されていて非常に興味深いものがあります。この「反中央」の県知事が汚職事件によって辞職に追い込まれたという事実も実に興味深いものがありますね。特捜の冤罪事件を知った後では特に。そして、つい先日、北海道の知事が、道の意見を聞かずに国と電力会社が直接やりとりして泊原発の営業運転を再開させようとしたことに烈火の如く怒ったという事実を思い出して、なるほどねー、と。結局知事のパフォーマンスとしか思えない結果となりましたが。


実はわたくし、「なぜ汚染された土地にこうもしがみつくのか。日本全国どこでだって暮らしていけるじゃん。」と言い放ったことがありました。今、全くとんでもないことを言ってしまったと反省しています。わたくしは子どもの時から親や自分の仕事の関係で引っ越しを繰り返し、日本各地で生活して来ました。それこそ大都市から田舎まで、です。でもそれはあくまで背後に会社やらなんやら、しっかりとしたものがあったからこそであって、それこそ中央にあって「原発反対」を叫んでいる人たちと何ら変わりはないと、思い知りました。ああ、全く、無知であるということは恐ろしいことです。


まずは「原子力ムラ」の現実をこれからも忘れないよう常に意識しつつ、独善的な発言は控え、近所のスーパーで福島産の桃を買おうと思います。


というわけで、非常に気づきの多い著作でしたが、たぶん大急ぎで出版したのでしょう、誤字脱字があまりにも多い。スラスラと読める種類の本ではないのに、ひょっとすると誤字脱字のせいで意味を正しく読みとれていない可能性もあるのが残念ですね。

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2011/08/21

「檻の中の少女」

一田和樹氏著、第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作book。ばらのまち福山ミステリー文学賞とは、推理作家の島田荘司氏の出身地である広島県福山市が主催している長編推理小説の文学賞だそうです。最終選考は、島田氏の独断で行うそうな。


いや、なかなかおもしろかったですよ~good。著者はサイバーセキュリティ情報サービスのプロフェッショナルだった人のようで、そのあたりの知識を生かしたストーリー展開はヒジョーに面白いflair


主人公は、実質自殺幇助サイトである「ミトラス」によって息子を殺されたと主張するクライアントの依頼を受けて調査を開始する38歳独身の、サイバーセキュリティ関係のトラブルバスター君島。島田氏が選評で書いておられるように、第二次和製ハードボイルドヒーローなのね。情けなさの衣を被った日本独自のヒーロー像。島田さんは最後でそれに気づいた、と書かれてるけど、それって「女性rouge」が読んだらすぐわかるんじゃないかなーwink


島田さんのいう日本独自の『情けな格好いい式ヒーロー像』の生まれる素地についての言及はスルドいthunder。『この嫉妬蔓延と、自己卑下態度の徹底強制というサラリーマン国情下、敬語丁寧語が多すぎる日本語は、それを省略、格好よく言い切れば即やくざふう低脳感が漂い、丁寧すぎたらつい揉み手も加えたくなり、ではと過不足なく知的に発言すれば、嫉妬の嵐に直面して、出世はアウトとなる。』まさしく。これをうまく乗り越えるには、今作のヒーロー像にならざるを得ないってことなのね。


オドロオドロシいタイトルの意味はラスト近くになってわかったけど、ミステリーとしては、途中でなんとなく予想がつく。伏線の張り方がわかりやすいのね。でも、サイバーセキュリティ関係の記述が面白いのと、この「なさけな格好いい」君島のモノローグが結構コジャレてるのがイイカンジなのclover。特に本編のラスト、君島のモノローグ、『わがままなお姫様のために服を買いに行くのだ。』ってのにわたくしヤラれたわlovely。ユニクロに行くだけなんだけどね。格好いいなぁ~heart04


それにしてもなんでこんなにカバー絵がポップなのかしら~think

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2011/08/15

「鋼の錬金術師」全27巻

もーッ、「DEATH NOTE」以来久しぶりにドハマリimpactしたマンガpen。作者荒川弘さんの驚異的な想像力と創造力ッsign03よくもまー、こんなスゲー話、思いつくわよねーッsign03


去年の秋に9年間の連載が終わったらしく、例によってお仕事仲間だったSちゃん(実はかまど姫のキャラを作ってくださったお方なのよhappy01)から“大人借り“をした全27巻。ベースには「いきものの命」という大テーマがどっしりと横たわっていて、その上に、「生命の操作」「戦争」「アイデンティティー」「マイノリティー」「親子」「仲間」「師弟」「故郷」「国家」「民族」などという大小さまざまの哲学的なテーマが乗っかって、究極的には「生きるとは何か」と問うているっていう超高密度な内容diamondなのに、B級映画的エンターテイメント性(荒川さん自身が語ってるコトバ)を併せ持つ、と書けば、その偉大さがわかろうというもんよねhappy02


一読目は、とにかく「次どーなんの?次?」ってカンジsweat01で、モーレツな勢いで読み、読後、ハァハァ~スゲー、なんちゅーハナシなんだー、と息をつきdashdash、二読目にはじっくりせりふをかみ締めながら読む。そうすると本当に最初からラストに向けて伏線がきちんと張られていることがわかる。荒川さん、天才shineshineshine


ここにはほんとーにステキなオトナがバンバン出てくるのよheart04。それぞれの立場でみんな覚悟を決めて生きている。特に女性kissmarkがカッコイイのよね~lovely。ホークアイ中尉、アームストロング少将、イズミ師匠。自分たちの背負う責任とそれを全うする困難さをはっきり自覚しつつそれでも前へ進んでいく姿にはほんとホレるワ~heart01


もともとわたくし、異形ものにはチョー弱いので、アルなんか見てるだけで泣きそうになるんだけどweep、こいつがまたケナゲでスナオでたまんねーのよcrying。エドもスキだなー、こーゆー単純バカsmile。キッthunderとした挑戦的な目つき、いいねぇcatface。この正反対の性格のふたりのコミカルなやりとりもすっごくカワユイnote。最初、よくわかんなかったってか、ひょっとしてすんごくヤなヤツpout?と思われたホーエンハイムも最後のクライマックスではウルトラカッコよかったし。キャラがどれもこれもスンバラシいshineshine(また別のカッコよさ爆発impactのアニメバージョンについては別記事でsign01)。


造形的には実は、なんとなくどこかで見たことあるイメージのコラージュってカンジもしないではないんだけど、ほかではあんまり見たことがないこの壮大な世界観typhoonに圧倒されて、そんなことも気にならなくなるgood。戦闘シーンもものすごい疾走感dash満載で、「少年マンガにはついてけねーwobbly。」ってカンジだったんだけど、それもまたラストのクライマックスまでド迫力で続いてくんだわー。アドレナリン出まくりーッsign03いやー、スゴいーsign03


それにしてもこの内容で、少年マンガ。荒川さん、先端科学のさらにその先を行ってるわよねー。最近騒がれている「iSP細胞」の記事なんかを読んでると、「人間」を作ろうとするヤツがゼッタイ出てくると思えば、この作品世界ももう目の前かもって気になってくる。隣で一緒に働いてる同僚が「ホムンクルス」でした、なんつってsweat02。…マジこえーッshocksign01そんな時代を迎えるかも知れない少年少女たちは、この作品を読んでどう感じるんだろう?

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2011/08/08

第24回 市民創作 函館野外劇

Img1041988年に第1回が上演されてから、国や企業が主催する多くの賞を受賞crownしながら今年24回目を迎えた函館野外劇event。総勢5千人以上の市民ボランティアによって、特別史跡「五稜郭跡」の一画で上演されていますbell。なにを隠そう20年前、わたくしも出演させていただきましたhappy01。と言っても「村人3」とか「町人4」とか「市民D」とかのかけもちでしたけど…smile


というわけで、舞台裏にいると表ではどんなことが行われてるのか全然わからなかったので、今回20年越しで表舞台を観劇することにいたしましたeye。おりしも今年の千秋楽日。翌日の新聞報道によると1300人の入りだったそうで、センターブロックは満員状態でしたfull


75分の上演時間はあっという間。函館の歴史が概観できますsearch。観劇した日は8月6日、広島の原爆記念日でしたが、第二次世界大戦時は函館も空襲を受け、真っ赤に染まる空の下、函館の人びとが逃げ惑うシーンには、演じているのが本物の市井の人々であるだけに胸に迫るものがありましたweep。本当に戦争とは、理不尽なものですannoy


で、わたくし最もカンドーしたのが大道具&舞台装置shine。まず何つっても「五稜郭」の天然の舞台が、まるでこの劇を演じるために用意されてるかのよう。スバラシんですfuji。で、オープニングは「ピーターパン」か「猿之助スーパー歌舞伎」かsign02なフライングairplane。五稜郭が完成するシーンでは、舞台奥から照射されるレーザー光線upwardrightが、お堀から水芸のように撒き散らされるシャワースクリーンに当たってキラキラshineした星を映し出します。思わずおおーhappy02。高田屋嘉兵衛さん活躍の場では北前船が、北洋漁業全盛期の場では漁船が、箱館(戊辰)戦争の場では軍艦がお堀を進んできますcoldsweats02。これが結構な速度でdash、漁船なんぞは海の暴走族よろしく、コロポックルを乗せてきた小舟に衝突ッimpactsign01ちなみにこの小舟の船頭さん、櫂裁きが美しくウマかったワ~diamond。箱館戦争が始まると2砲の大砲がドカドカッbombsign03思わずおおーcoldsweats02。そして本物のウマhorseが舞台を駆け巡っちゃいますdashdash。このおウマさんすごいのよー。大砲の轟音にも落ち着き払ってるclover。耳栓でもしてるのか?


そして一番ウケたimpactのが、土方さんの昇天シーンup。スモークにレーザー光線、階段を上りつつゆっくり振り返る場面はわたくし、タカラヅカ見てるかと思ったわよーhappy02。しかしBGMはさだまさしnotes


箱館戦争の際、敵味方の区別なく負傷者の治療にあたった高松凌雲先生のシーンではわたくし、ナミダいたしましたweep。割烹着みたいな白衣を着て両腕をがっと広げ、いまにも病院hospitalに踏み込まんthunder、という兵隊たちの前に立ちふさがりpaper、ジリジリッと兵隊たちを退却させていく凌雲先生…。ステキlovely


Dscn1096_2最後は出演者全員でのフィナーレ。客席も一緒にペンライトを振って一体感を味わえます。ペンライトを振る土方さん、やっぱりスカしていましたcatface。最後までヌカリはありません。サスガですgood


Dscn1102_2千秋楽日だったので、主催者であるNPO法人の副理事長さんがごあいさつされましたkaraoke。繰り返し、逼迫した財政難moneybagを訴えておられました。今年24回目を迎え、ボランティアさんたちもお年を召してきているように見受けられます。今後の存続も全く安泰とはいえないようなので、来年からは微力ながら多少寄付でもしてみようかな~confident

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2011/08/04

「獅子真鍮の虫」

田中啓文氏著book。「日常の謎」的ジャズミステリシリーズ第3弾、だそう。わたくし、初めて読んだんだけど、ミステリーとしてよりも音楽notesのワクワクする楽しさheart01を味わえるものとしてオモシロかったワーhappy01


主人公はジャズクインテットを率いる唐島英治、ボヤっとしたオトコsmile。でもその分すごーくすなおーなカンジが好感度大good。なのでジャズマンとしては人望があるようで、周りに人が集まってくる。で、その中のひとりが探偵役の永見緋太郎。天才サックスプレイヤーなんだけど、これまたヒョウヒョウとしたオトコで、ちょっとコドモみたいなとこがあるのねchick


で、彼らと音楽をめぐる「日常の謎」をさらさらと気負いなく永見が解いていくんだけど、それが音楽の本質とからんでいて、結構カンドーな展開なのよねーshine。しかも、舞台がジャズの本場、アメリカのニューヨーク、シカゴ、ニューオーリンズなもんだから、よけいに血がさわぐぅーッimpactsign01作者によると、ニューヨーク以外行ったことないらしいんだけどねcoldsweats02。でもさすが、作家は想像力が豊かだわーbell


ちょっと面白かったので、シリーズ遡って読んでみよぉーっとdash

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