« 「鬼畜の家」 | トップページ | 「下町ロケット」 »

2011/09/30

「原発社会からの離脱」

あああー、この本を読み終えて、このまま日本という国に住んでいていいものか、大いに悩んでしまったdespair。こと、エネルギー政策においては、日本人の頭の悪さっつーか、ヒトとしてのレベルの低さを痛感させられて絶望的な気持ちになるdown


原発について考えるシリーズ第3弾。著名な社会学者・宮台真司氏と、現在、環境エネルギー政策研究所所長である自然エネルギーのトップランナーrun・飯田哲也氏の対談book。サブタイトルは「自然エネルギーと共同体自治に向けて」。知らなかったこと、示唆に富むところ、たくさんありすぎて、いつもノンフィクション系の本では付箋を貼りながら読むんだけど、200のページがもー付箋だらけmemo


すでにアメリカ、ヨーロッパではあたりまえのごとく推進されている自然エネルギー。しかし、それは自然に進んでいるわけではなく、ちゃんと考えられた国の政策が機能した結果なのですね。『(ヨーロッパの)「エコロジー的近代化」を政策的に読み解いていくと、レーガン、サッチャーあたりで生まれてきた市場原理的なものも、スウェーデンなどの北欧社会は市場メカニズムだけは上手に取り入れながら、しかし、市場に任せておけばいい、という自由放任(レッセフエール)的なものにするのではなくて、いわゆる炭素税を燃料の価格に組み入れれば、あとは市場メカニズムで石炭が減るというように、経済のメカニズムにきちんと「環境」を入れて、あとは市場にゆだねるということをしました。(中略)このように「政策を知識で組み立てていく」という発想が、ヨーロッパにおける80年代から90年代の(エネルギーの)転換を生んだと考えています。こういう知的な積み上げが、日本ではゼロといってもいい(飯田)。』だから、ドイツが「原発ゼロ」を決めたと言ってもこれまでの積み上げがあり、エネルギー転換の下地があったからできるわけなのねgood


それにしても日本はなぜ欧米のような発想転換ができないのか。それについて宮台氏は、日本には一神教の宗教的信仰性がないところにその背景があるとしています。自分の生活が「神の意志」に沿っているものかどうか、常に見返すことができる。『宗教が生活に根付いた社会では、便利や快適よりも幸せを、そして幸せよりも入れ替え不能性に関わる尊厳を大切にできる。』んだと。


そして日本では、思考停止状態で政官民が一体となって原発推進に邁進してきた。政権交代時がひとつの転換点であったけれど、ここでも初動の大臣任命で失敗しているng。『世界は知識社会に向かっているので、大臣にも政策の本質とディテールを理解する能力がなくてはなりません。行政官僚たちが積み上げているものの良し悪し、ウソと本物を見分けることができなくてはいけない(飯田)。』はぁ、それ以前のレベルだもんねぇsad


原発推進派の主張のひとつに「原発はコストが安い」というものがあるようだけど、それも最近はすっかりウソだってことがバレてきてます。『新しく作った太陽光発電と新設の原子力発電所は、投資減税効果を織り込めば、2010年で発電コストがほぼ同じか、もう逆転したのではないかというのが、アメリカの調査結果です。イタリアでは太陽光発電の発電コストがすでに電気料金よりも安くなったという報告がありました(飯田)。また、自然エネルギーへの投資の分野においても完全に負け組。『中東のジャスミン革命によって石油価格が上昇し出し、経済成長を続ける中国のエネルギー消費量の急増で石炭価格もすでに急上昇しているなか、)この二つが、今後、貿易黒字を縮小させるなど日本経済の負担になってきます。新しい経済の側でどんどんチャンスを失い、しかも日本の電力は石炭だらけですから、その石炭代と、それで増えたCO2を減らしたことにするためのクレジット代でますます電気料金が上がる。』なぜ日本の電力は石炭だらけなのかっていうと『2000年の日本の電力自由化論者は「安ければいい」と、石炭火力に突っ走った。そこには環境も公共も視野に入っていない。政策知の底が浅いわけです。


もうひとつ、原発推進の根拠として「エネルギーの自給自足」なるものもあるけれど、これもゴマカシなり。『ABCD包囲網のトラウマがもしあるとすれば、エネルギーの途絶に対するヒステリックな反応があって、1973年の石油ショックに顕著に出てきた。でも、実質は石油依存症になって、本格的に石油を減らす努力にはなっていない。それが「原始力推進」にすり替わって、原子力だってウランを輸入しているから自給でもなんでもないのに、自然エネルギーを、役人と電力会社の論理で押しつぶそうとしている(飯田)。』そのウランの埋蔵量もそれほどないらしいし。オーストラリアやカナダの良質なウラン鉱が尽きるのもそれほど遠い未来ではないそうで。


ってことなどを知ってみれば、なぜにこれほどまでに原発に固執するのか、全く理解できませんねぇ。使用済燃料の処理技術も確立していないし。原発の始まりは、ここでも中曽根康弘らが原子力研究開発予算を国会に提出した、ってところから始まってる。飯田さんは否定的だけど、中曽根康弘だけに、核兵器への可能性もやっぱりあったんじゃないかと勘ぐりたくもなる。


この本にも、開沼さんが指摘した「地方」への目配りがありました。もともと原発の研究者だった飯田さんが自然エネルギーを指向するようになった根底には、自身の生い立ちに根ざす『社会の最底辺へのシンパシー』があるようです。『原子力を研究開発している側は善意で事業を進めるのですが、みんなに共通しているのは「上から目線」なんですよ(飯田)。』なので、八ヶ岳に別荘なんか持っちゃう宮台氏の『原子力を誘致した日本の地方もみんなそう(豊かになろうとして、システムに依存して、罠にはまったこと)です。豊かになろうとしてシステムに依存した結果です。』なんて発言を読むと、なんかハラ立つannoy。おまえ、過疎地で生活したことなんかないだろうangry


わたくしが住む函館からもうちょっとで30㌔圏内の青森の大間原発に対する建設反対運動が最近活発になっていますが、ここでは「推進」VS「反対」の単なる二項対立の不毛が言われています。『現実に作用する権限を持った者の側に、圧倒的に責任があることは間違いない。そうした非対称な関係のもとで、実際に行動する側は政治的な無責任を決め込み、批判者は有効性を度外視したままひたすら反対運動をやり続けてきた。その結果、何も変えられないまま、今回の惨事にいたった。それが日本の現実です。(宮台)


そこで、不毛な二項対立を脱し実際的な問題解決をいかにするか、次は世界各地の先進事例を紹介しています。キーワードは宮台氏がかねてより主張されている「共同体自治」。国レベルではガチガチでできないことも、共同体レベルでは可能であるということです。実は開沼さんの著作でも触れられていた佐藤栄佐久氏が福島県知事だった時の福島県ではその可能性があったらしい。『2001年4月に立ち上げられた福島県のエネルギー政策検討会には知事以下各局長、県警本部長まで参加し、形式論だけでなく自分の頭で考え発言するものであり)知事以下局長級とも、日本の地方自治体で生身の受け答えをトップクラスの人とした、これは私の最初で、今のところ最後の経験でした。佐藤前知事は、「充て職」とか「役職」ではなく、中身のある議論をさせるという文化を徹底されていた。(飯田)』そして『福島県の最大の成果は、2002年にまとめたエネルギー政策検討委員会の中間報告書です。これは非常に分かりやすいレポートです。これは今でもウェブでみることができます。この文書は全国民が読んだほうがいいものです。(飯田)


飯田さん自身も日本において(もちろん海外での活躍もたくさん)これまで多くの活動をしてこられ、その一例として1996年の「市民によるエネルギー円卓会議」の主催、飯田市のエネルギー地産地消プロジェクト「おひさま進歩エネルギー株式会社」の誕生などが紹介されています。我が北海道に関しても、『まずは社会の仕組みを変えて今の設備でどこまでできるか考え尽くすべきだとし)たとえば、風力発電のポテンシャルは、北海道と北東北に一番あるのです。北海道と本州は「北本連系線」という、直流で60万キロワットの送電線で繋がれている。作られた目的は、北海道で原発などの大規模発電所が止まったときの緊急対応で、平時はほとんど使われていない。例えば、高速道路を作りながら救急車が通れるように本線が空けてある、という状況です。無駄な社会資本投資の見本です。』ただ、この後の発言を読むと、やっぱ首都圏に送電することが前提になってんだなー、とがっかりdown。それでも北海道という土地は、自然エネルギーの分野でアドバンテージがあるのではないかと思うのよね。ヨーロッパでは、大学と石細工を伝統とするコミュニティが協力してモダンでシックなデザインshineの薪ストーブが作られている。もちろん燃焼効率もいい。こんなのを北大あたりでやってくれたらステキよね~heart04。なんてことを考えると、現知事はそろそろ退場のお時間なんじゃないでしょうかねsmile


で、これらとは逆に税金の無駄遣い事業として上がっているのが、経産省の「NEDO(新エネルギー・産業技術開発機構)」。『そのほどんどが役に立たない研究開発で、税金を浪費している。(飯田)』それと農水省の「バイオマス・ニッポン」。『2002年から10年間(まだ終了してないような気がするけど?)行われた200あまりの事業を、総務省の行政評価局が検証したのですが、「ひとつとして成功している事例がない」「数千億円の税金の無駄遣いだ」と評価している。結局2年に1回異動する官僚たちが、適当な評価で補助金を配り、受ける地方自治体側もやはり2年で異動する「素人」の担当者が、適当な提案書を作る。そこへ、受注して報告書やモノを納めてしまえば「あとは野となれ」というメーカーやコンサルが食い逃げする。「これでいいんじゃないか?」「ちょっと進んだ技術だ」と、無責任のトライアングルで日本中に「ガラクタ」が作られていくわけです。(飯田)』ああ、こんなひどいことが起こっていたとは…。ま、何となくそんなことだろうなぁ、というのは想像できるケド。


さて、こんなことやそんなことを今までほとんど知らなかったわたくし。ここで、宮台氏がマスコミ批判を展開。『そもそも飯田さんが今おっしゃったような情報(2000年の電力自由化の際、石炭火力に突っ走ったなどということ)が国民のところまで来ないことが問題です。電力会社が大スポンサーシップであるがゆえに、メディアがエネルギー政策についての代替案を提供できず、国民の世論がまったく盛り上がらない状態が続いてきました。』次の発言はおもしろいですよ~happy02。誰かさんがすぐに頭に思い浮かびます。『3・11後のマスメディアの変質や知識層の変質について、ほかならぬマスメディアからたずねられることが多いのですが、マスメディアに限って言えば、単なるエコノミストやあるいは企業の投資部門で働いていた程度の人間が、日本の将来の経済についても発言するだけでなく、仕事の仕方から生活の仕方に至るまで自己啓発的な発言をしてきました。こういうデタラメな使い回しをしていた責任は大きいでしょう。僕の言葉で言えば、マスメディアこそが、「経済回って社会回らず」といった状態を放置してきたんです。僕ら年長世代には、そうした馬鹿マスコミを放置してきてしまった責任があります。』そーだsign01そーだsign01反省しろーsign03rock


さて、エネルギーの将来像は、閉じた自家発電よりは『インターネットのような分散型モデル』だそうです。なるほどconfident。『グーグルが考えているスマートグリッドはまさにインターネットのようなモデルで、発電量の変動もネットワークに繋ぐことではじめて吸収できる。自分で蓄電池をもったまま孤立していたら、コストが高くて仕方がありません。自分で蓄電池をもっていてネットワークに繋がっていたら、ソーシャルに活用できる。将来的には、蓄電池機能、あるいは出力調整機能のクラウドが、間違いなくできます。』ううー、すごくイイですねーwink。飯田さんはこうも言っています。『私は環境に優しい生活をしていますよ」ということは、敢えてやってきませんでした。極力避けてきた。「それは飯田さんだから出来るんでしょう」と言われたくないからです。「私はエネルギーをこんなにじゃんじゃん使うし、別に太陽光発電もつけてない」という、普通の人たちが普通に暮らしても、エコロジカルで真っ当な社会に変わる。そうでないとダメだと思ってきました。』ブラボーッhappy02impactsign01


ちなみに、そんな飯田さんを経産大臣か環境大臣に指名しそうな人は河野太郎さん以外にはいないそうですよ。『いま与野党を見渡しても、河野太郎さんぐらいしか海外で通用する議論ができるひとはいません。大きな話とディテールの話を両方できるひとが本当にいない。河野さんはそれができるし、大胆に振る舞える。(飯田)


そして、飯田さんは経産省内に設置された「総合資源エネルギー調査会基本問題委員会」のメンバーとして活動される予定です。チョー期待heart02


飯田さんのあとがき。『私自身、原子力ムラを出た後の人生をとおして徹底的に拘ってきたのは「リアリティ」だ。おそらく、青少年時代に皮膚感覚的な体験をもった社会の最底辺層への眼差しが、自分の心の中には絶えず「碇」としてある。この国の「旧いシステム」は、あまりに日本社会を構成する大多数の善良な人々、とりわけ最底辺層や将来世代への眼差しが欠けているだけでなく、その善良さを愚弄し、見下し、しかもそこにつけ込んで「寄生」しているとしか思えない。しかし他方で、それを批判して理想論を美しい論文にまとめても、どろどろした「現実」に手を突っ込まなければ、それはエクスキューズにしかならない。この無惨な日本の実像に立ちすくみながらも、現実を1ミリメートルでも、望ましい方向に日本社会を動かしてゆくことが、「明日」への道を拓く。あまりにも重く、果てしなく長い道のりだが、その一歩を今日もまた刻んでゆこうと思う。』『本書で少し触れたが、今の自分の人生の出発点は、小学校6年で出くわした、一家離散に近い出来事にある。父と二人、貧乏長屋で身を寄せ合う窮乏生活だった。ただし、本当の辛酸をなめたのは父であり、私は父に守られていて、貧乏ではあっても、何も不自由はなかった。どのような人生の転機においても私を信じてくれ、今もなお、私を温かく見守り、心の支えになってくれている。本書は、その父に捧げたい。』…わたくし、泣きましたweep


飯田さん、日本を、よろしくお願いしますsun

|

« 「鬼畜の家」 | トップページ | 「下町ロケット」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213530/52874621

この記事へのトラックバック一覧です: 「原発社会からの離脱」:

« 「鬼畜の家」 | トップページ | 「下町ロケット」 »