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2012年1月

2012/01/31

「くちぬい」

板東眞砂子さんの書き下ろしbook。わたくしの好きな伝奇もの、だと思うんだけど、なんだか中途半端なカンジだったナ~despair


古来伝わる土着信仰、山間部の集落の掟。のんびりした日本の田舎にロマンを抱いてやって来た都会人がその隠された掟を知らぬ間に破ってしまったのを機に巻き起こるパニックを描いて、日本のジメっとした恐さをうまいこと提示してきた板東さん。ここのところエロkissmarkに走って行ったのでもう読むことはないだろうと思ったけれど、板東さんの伝奇ものが出たと聞くと、こりゃ聞き流すわけにはいかんsign01となっちゃうのは、やっぱり昔読んだ作品のインパクトimpactが強かったせいなのよね~coldsweats01


今作は、従来のジメジメキョーフに、原発事故の放射能恐怖shockも加わった趣向がちょっと新しいnewカンジなんだけど、肝心の「田舎の恐怖」にこれまでのような迫力っていうか、説得力がないのよねdown。もちろん「伝奇もの」だから説得力がないっつったって、リアリティを求めるものじゃないけど、なんつーか、「掟」の背景っつーか、根拠がきちんと描かれてないせいで、その「掟」に従って行動しているという村人も薄っぺらく感じるng。小説の中では、その「掟」が変化しているという設定になっているからこそ、核となる「掟の背景」がしっかりしてないと、もうひとつのテーマであるところの「田舎の変容」もはっきりと浮かびあがってこないと思うのよね~think


もひとつ、放射能汚染を恐れて東京から引っ越してhouseきた麻由子も、都会人の典型ながら重要なキャラなので、もっと突っ込んで描いてほしかったpencil。元々神経質なところ、「田舎の悪意」によってジワジワと追いつめられていくtyphoonあたりをもっとネッチョリと書き込んでほしかった。定年後の夢であった陶芸に打ち込む夫の語りはこの際、バスっthunderと省いちゃって、夫ですら、麻由子の中での宇宙人のひとりになっちゃったりしても面白かったかもsmile


福島第一原発の事故が創作のきっかけのようで、突き動かされるように書かれたのかもしれませんが、なんだか全体的に練り込み不足で、わたくしとしてはイマイチ満足できなかったワ~pout

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2012/01/28

「いまファンタジーにできること」

アーシュラ・K・ル=グィンさん著book。オリジナルのタイトルは「CHEEK BY JOWL」。密接して、という成句。主に人間に使われるcheek、動物に使われるjowl、共に「頬」という意味なんだけど、すなわち“人と動物が入り交じって生活する”といった含みを著者は持たせているようです。


そんな感じで、未知の世界、異なる価値観を持つ世界、そういった想像力が必要とされる世界を提供する良いファンタジーが人間の成長には必要なのだ、と言ってるわけねconfident


数年前に読んだ「幸福に驚く力」という本に、わたくし、とってもとっても感動させられましたheart02。清水眞砂子さんという大学の先生の講演をまとめたもので、児童文学について語っています。基本コンセプトは「児童文学の神髄は『人生は生きるに値する』ということ。本当に慧眼だと思いましたshine。子ども時代にそいう物語を徹底的に読ませる。「大きくなるってすてきなこと」が信じられるような物語を。で、その清水さんが、ご自身で翻訳された「ゲド戦記」について高く評価されていて、その「ゲド戦記」の作者がこのル=グウィンさんなわけです。結局「ゲド戦記」はまだ読んでないけどcoldsweats01


この清水さんの本が出版された当時は、少年犯罪が続発していて、そういう面でも耳earを傾ける価値のあるものだったと思います。んが、今の日本では「大きくなるってすてきなこと」とは到底思えない社会状況になってきており…weep


そこで、この本。様々な価値観や他者の視点eyeを知ることによって、生きるための判断が出来るようにするのがファンタジー(物語)である、と。それにはたとえばトールキンのような本物のヒロイック・ファンタジーを読まなければならないけれど。『ティーンエイジャーたちは、自分の住む世界を理解し、意味を見出し、その中で生き、道徳的な選択をするために猛烈な意識的努力をする。その苦闘は往々にして、ほんとうに死に物狂いのものだ。彼らは助けを必要としている。思いのままに使えてもっとも適応性に富む道具は、おそらく物語だろう。物語を使ってわたしたちは現実をつくり直し、出来事を語り直す。ほかの選択肢を想像し、自分の欲望やニーズに応じて生きる術を見つける。物語の真実は事実ではない。物語は人間的な真実を語り、倫理的な問いただしや、人間同士の結びつき、霊的な憧れに奉仕する。』『わたしたちの現実が見せかけの愛国心と独りよがりの残忍さへと堕落してしまったように思われる、このアメリカで、想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供しつづけています。戦いのほかにたくさんの比喩があり、戦争のほかにたくさんの選択肢があります。そればかりか、適切なことをする方法のほとんどは、誰かを殺すことを含んでいません。』


しかしアメリカでは(アメリカに限った話なのかどうかは知りませんが)、ファンタジーがこれほどまでに学問分野で差別、というか蔑視されていたとは知りませんでしたcoldsweats02。わたくしなんぞは学生時代、同級生に児童文学を研究していた人がいたくらいで、ファンタジーこそが文学の最高峰だfuji、くらいに思ってましたが。しかしそれも今思うに、イギリス文学を学んでいたから、ってことだったのかも知れませんthink。懐の深いヨーロッパ文学spade。神話や古典の隠喩が深い教養を示す世界bell。なので、わたくしはどちらかと言えば“おとなのくせにファンタジー好き”な人間ですhappy01


そんなわけで、数年前に「ハリポタ」ブームが起きた時、昔からファンタジーを読んでいた人たちは「ほとんどRPGゲームの世界で中身なし」と言っていたけれど、ファンタジーを読んだことのない人たちには衝撃的impactだったそうで。これについては、ル=グウィンさんは、まぁ、ファンタジー読者の年齢層が広がったことはよかったのではないか、程度のご発言ですcoldsweats01


ところで、ファンタジー文学について学びたいと願う人は、トールキンの評論集「怪物たちと評論家たち」のなかの「妖精物語について」という論考を読め、という部分で、このタイトルについて『のちにティンカー・ベルの系統の愛らしい小妖精に殺意に近い憎悪を抱くことになるトールキンが、すでに受け入れられていた「ファンタジー」あるいは「幻想文学」を使わず、「妖精物語」という表現を使った理由は、わたしにはわからないが、彼はそうしたのである。大学教授というのは皆、狂気の気味があるものだ。』というところに大笑いimpacthappy02。いったい彼に何がtyphooncoldsweats02


でもほんとに、ファンタジーを書く作家さんだけあって、文章にものすごくユーモアnoteがあって、ウィットdiamondがあって、めちゃくちゃチャーミングなんですcherry。ステキ~heart04


では、わたくしも「指輪物語」のオリジナルに挑戦してみようかな~punch。もちろん日本語でsmile

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2012/01/26

「「少年A」14歳の肖像」

前回読んだ本を受けて、これ、です。高山文彦氏著book。では加害者はどうなのか。「酒鬼薔薇聖斗」事件の犯人少年Aについて書かれたもの。


はっきり言って、一読、不愉快な気持ちになった。少年Aに、ではない。著者が少年Aを詩的に幻想的に作り上げている、その描き方に、だ。「美化」しているとまでは言わないが、ここに表されている少年Aは、あくまでも著者の想像力が作り出したものだ。少年Aの「真の姿」を描いているわけではない。なぜこんなものを読まされなければならないのか、わたくしにはさっぱりわからない。ま、買っちゃったのは自分のせいだけど。ていうか、買ったことすら忘れてて、奥野さんの著作を読んだあと、本棚を漁っていたら出てきたので、お、こんなの買ってたんだ、だったんだけど。


確かに少年A自身には一元的には責任はないのかも知れない。しかし、これほどまでAに寄り添い立つ必要があるのか、はなはだ疑問だ。この本を読んで、少年Aに恋をしたと筆者に手紙を寄越した少女がいたようだが、そりゃそうだろう、こんなに少女趣味的にA像を作り上げりゃ。「こんな事件を起こしても仕方ないよね、わたしたちこそ被害者なんだから」ってそんな考えを合理化させそうなA像。


著者は序章でこの本が、なぜAが犯罪を犯したのか、被害者家族が理解する助けになるのではないか、というようなことを書いている。わたくしは、被害者遺族がこれを読んで納得したとは到底思えないけど、どうなんでしょうね?単行本は平成10年となっているので今から13年前に刊行されたものですが。こんな、したり顔で書かれたものには、わたくしは吐き気すら感じますけど。


ちなみに解説は宮部みゆきさん。宮部さんは、なぜこんな犯罪が起きたのか全く解らないという。しかし、直接の当事者でなければ何の責任も担っていない私たちが事件について簡単な結論に達してはいけないという。しかし、続けて『ジャーナリストとして、逃げることなく「少年A」の実像と対決し、その結果本書が生まれたのです。』と書いている。けれど「少年Aの実像」とは何なのか?本人にだってわからないかも知れない。まして誠意あるジャーナリストならなおさら、わかったように書いてはいけないのではないか、と思うんですけど。


まったくほんとうに久々、不快な気持ちになる本でした。

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2012/01/22

大島さゆり&波多野美紀 ジョイント・リサイタル

Img112本日、函館市芸術ホールeventにて開催された(たぶん)毎年恒例のスプリング・コンサートの第1弾、聴きに行ってまいりました~note


もー、大島さん、ウツクシ~~~shineshine。女優の小沢真珠がフルート持って出て来たかと思ったワ~~~happy02。マゼンタピンクのワンショルダー、スッキリしたドレス姿boutiqueでステージに登場された時には、わたくしの斜め前に座っていた中年女性2人組が「おお~impact」と声を上げておりました。女性のソリストの演奏会はこういうお楽しみもあってやめられません。ぐふふcatface。って、中年のオッサンか、わたくしはcoldsweats01


そして、まさに天は二物をお与えになったようで、キラキラshine美しい容姿もさることながら大島さんの演奏は、高い技術diamondに支えられつつ、とってもたおやかな「やまとなでしこ」cherryblossomフレーバーの優しさと、なおかつ若葉cloverのような瑞々しさを感じさせるものだったと思いますhappy01


ソロの曲目はバッハの「ポロネーズ」と「バディネリ」、ドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」、木村雅信「変奏曲「函館の…」~西田直道の「啄木の歌」のテーマによる~」、ボルヌ「カルメン幻想曲」の4曲。「函館の…」は、大島さんの恩師の方の作曲だそうで、木村氏ご本人も来場されていました。なかなかに奥ゆかしいお方でしたねsmile。この曲、わたくしの脳裏には、朝靄に煙る鈍色の、静かに哀しい函館の海が漂っておりましたmist。おお、なんと詩的な…moon3。今年は石川啄木、没後100年だそうです。わたくし、詩とか歌の読解はキックimpactしたくなるくらい異常にニガテですが、今年は頑張って少し触れてみようかと思いますcoldsweats01


で、大島さんのピアノ伴奏はこれまた大学の恩師の先生だそうで、この岡本先生が伴奏されながら、ドップラーの時「はい~、高く伸ばして~」ってカンジで、休んでいる右手でひゅるる~sign05って人差し指を思わず上に向けていらっしゃる一瞬をわたくし目撃ッeyesign01師弟演奏会、なんだか微笑ましくて、超絶技巧thunderシーンの最中なのに笑ってしまいました。スイマセンcoldsweats01


そして波多野美紀さんのクラリネット。クラリネットソロの曲はあまり聴いたことがなくて、聴き方がよくわからなかったのですが、最後に演奏されたマルコム・アーノルド「クラリネットとピアノのためのソナチネ」、短い曲でしたが非常に面白かったですconfident。現代曲にもわたくし、だいぶ慣れてきましたscissors。再度聴いてみたいですね。


おふたりのデュエットはショスタコーヴィチの「フルート、クラリネットとピアノのための4つのワルツ」より「手回しオルガンのワルツ」と「ワルツ」。“あの”ショスタコさんとは思えないsmileわかゆい曲たちですねーchick。ショスタコさん、引出しいっぱいありますナー。それにしてもピッコロ(ですよね?)でのトリオで、あれほどまでに「手回しオルガン」風に演奏できるなんてビックリ~。おもしろい~~~sun


さて、実は大島さん⦅わたくしの初めてのフルートの先生(当時は大阪、現在沖縄で講師をされています)に、にこにこ加減happy01や優しいお話ぶりbudなど、なんだか雰囲気がそっくりで親近感cuteを感じてしまいました(勝手にsmile)。⦆は、わたくしに木管アンサンブルの楽しさを教えてくれた木管五重奏団「ポロゴ」のメンバーさんなんですが、メンバー交代した後の昨年の定期演奏会には伺えなくて、今回が初めてのナマ拝聴でした。その定演に友人の姪御ちゃんたちに行ってもらったのですが、彼女に「私もフルート吹いてみたいheart02」と言わしめたのが大島さんでした。アンサンブルもいい~カンジgoodでしたので、3月の定期演奏会がとっても楽しみですbell

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2012/01/19

「心にナイフをしのばせて」

フリー・ジャーナリスト、奥野修司氏著。何年経とうが犯罪被害者・遺族の心は癒されない、という事実を克明に描いたルポルタージュ。ノン・フィクションを読んでこんなに泣いたのは初めてかも知れません。


わたくし、この著作を読むまで全く知りませんでしたが、1969(昭和44)年に神奈川県川崎市の私立高校で、入学したばかりの少年が校舎の裏で惨殺される事件がありました。犯人は同級生の少年Aで、刺し傷は47箇所に及び、鋭利な刃物で頭部を切断されていたそうです。この事件から28年後に起きたのが神戸の「酒鬼薔薇聖斗」事件でした。


奥野氏は、この事件をきっかけに少年法に守られる加害者に対し被害者・遺族へのケアが何もないことに気づき、さらに調べるうちに28年前に似たような事件があったことを知ります。ケーススタディになるのではないかとその被害者・遺族への取材を始めたところ、犯罪被害の衝撃による破壊のあまりの過酷さに、激しい理不尽を感じこの著作へと繋がりました。解説で弁護士の大澤孝征氏が書かれているように、日本の法廷を変えた渾身の一作でもあります。


両親の期待の星であった少年の無惨な姿が発見されてから、元々繊細だった母親は一時期の記憶が全くなくなるほど人格を壊され、そんな母親とバラバラになる家族を完全なる崩壊からなんとか救おうとぎりぎりのところで踏ん張る父親、兄に対して劣等感を抱き、自分が身代わりになればよかったと自暴自棄になる妹。この本はそのほとんどが妹さんの独白からなっているのですが、40年を経たこの語りが、当時の母、父、自分の状況をある程度客観的に、冷静に、そしてそれぞれの心境を深く思慮する語りになっていて、読者の心をより深く抉ることになるのです。


感情を表に出すことなく家族を守り続け、やがて癌で亡くなった寡黙な父親について語る妹さんの言葉には号泣、複雑な思いをどうしていいかわからない思春期の妹さんが、反抗や自傷行為を繰り返しながらも、やっぱり両親を捨てられないという思いを血を吐くように話す言葉に胸が切り刻まれる思いがし、ひとつの犯罪が被害者家族・遺族に及ぼす破壊力の激大さに呆然とする以外ありませんでした。


少年Aはその後どうなったか。彼は前歴を隠し大学を卒業して、この本の取材時、ある地方都市で弁護士事務所を営む弁護士になっていました。奥野氏は、母親には何かの時のためにとその連絡先と弁護士であることを知らせていました。細々経営していた飲食店を手放さなければならなくなった時、せめて借金だけでも返済しておきたいと思い詰めた母親が、つい電話してしまった時の元少年Aの最初のせりふ。「おまえ、いくつになったんだ。」動転した母親がつい慰謝料について口にしてしまうと、「50万くらいなら貸してやる。借用書を用意しとけ。印鑑証明も必要だからな。」これが少年法の「更正」の姿です。奥野さんはあとがきでこう書かれています。『ごく単純なことだが、Aが「更正した」といえるのは、少なくとも彼が加賀美君の遺族に「心から詫びた」ときだと思う。「更正」とは、そのとき遺族が加害者のAを許す気持ちになったときにいえる言葉ではないだろうか。』


出版後、さる有名評論家から、この著作は加害者Aについて言及されていない欠陥本だというようなことを言われたそうです。これに対し奥野さんは、取材を進めることは、Aの周囲の人たちにAの前歴を意図せず知らせてしまう可能性がある、それはやはり避けるべきだろうと考えたと書かれています。著者は、少年法の精神を遵守しつつその欠陥を問題化するとてもフェアな人です。さらに「異常心理など理解できない」とも書かれています。これについてはいろいろな考え方があるだろうとは思いますが、わたくし思うに、ここまで犯罪被害者の過酷さを描いたノンフィクションを世に出した、というこの1点だけであっても高く評価されるべきだと。さきの評論家なる人は、このような事実を知っていらしたんでしょうかね?ただの評論家のくせに、実りある仕事をした人にエラソーに文句つけてんじゃねぇよ、ってとこですわね。


しかし、このような著作を読んでいていつも思うのは、「絶対に読むべき人間が、まず読むことはない」ってことですね。読み聞かせでもすべきですかね?

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2012/01/16

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」

佐瀬稔氏著、1990年刊「うちの子が、なぜ!」を改題して文庫化されたものbook。佐瀬さんは元報知新聞の記者で、1998年没。


1989年、今から22年前、東京都足立区綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の生い立ちや親子関係、犯行時の心境などを、主に裁判記録を追い明らかにしたノンフィクション。佐瀬さんはあとがきでこんなふうに書かれている。『(民間女子教護院で働く先生が、「今の子どもたちを駄目にしたのは私たち昭和ひとケタ生まれなのです」と言ったのを聞き)以来、このことが胸から離れないようになりました。事件や事故が起こるたびに「この荒涼の風景は、自分たちが作ったものだ」という実感が重くなっていくのです。自分たち自身の「時代の問題」だという切迫感ゆえに、ただの一度も他人事と考えたことはありません。』


このように佐瀬さんは、事件を自分に引き寄せて書いている。翻って、わたくしは実はこの犯人らとそれほど変わらない世代に属していて、彼らと何がどう違っているのか、はたしてわかるものだろうか、と思い、この本を手に取ってみた。


結論から言えば、よくわからなかった、としか言いようがないthink。彼らの生育環境から強いて共通点を見つけるとすれば、親、特に母親への屈折した思いから家庭内暴力が発生していた、という点か。単に放任だったからとか、逆に厳しく当たりすぎていたからとか、そういう表に現れる母親の態度よりも、子どもにとって「母親に愛されているという実感」がなかった、というのが鍵のようだ。大事な時期は小学校の3年生から4年生らしい。彼らにはいずれもこの時期に最初の転機が訪れている。


激しい家庭内暴力が親を恐怖させ、その後の重大な事件を見逃す伏線になっている。女子高生が監禁されていた部屋は犯人たちの中のひとりの自宅の2階で、両親とその兄弟も少女が部屋にいることを知っていた。地域の少年たちおそらく100人近くが、うわさの範囲も含めて知っていた。それなのになぜ女子高生は死なねばならなかったのか。


似たような生育環境・状況にあってもみんながみんな犯罪者になるわけでもないだろうし、「本当に愛情が伝わってるかどうか」なんて親だって確信は持てないだろう。いったい何が分かれ道になるのか?ますますわからなくなったtyphoon


しかし少年犯罪における更正という点では、やはりそう簡単には事は運ばないようだ。犯人らのうち少なくともひとりは、その後暴力事件を起こし捕まっている。反省なんかひとつもしていない。やはり人間の根幹って幼少のうちにある程度決まってしまうものなんだろうか。本当に人間って難しい。

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2012/01/13

「取り返しのつかないものを、取り返すために 大震災と井上ひさし」

2011年9月4日に行われた「鎌倉・9条の会」主催による「憲法のつどい2011 鎌倉」での講演karaokeを加筆収録したブックレットbook


「9条の会」のよびかけ人のひとりである井上ひさしさんが亡くなってちょうど1年にあたる日だったため、氏ゆかりの方々による講演会が開かれたそうです。井上さんは東北のご出身であるため、大震災の惨禍のあとをどう生きるか、井上さんが遺した言葉とともに考える場となったようです。


まず、経済評論家、内橋克人氏「不安社会を生きる」。「がんばろう日本」「日本の力を信じよう」などという「ひとごと」的空疎な言葉の裏で、いったい何が進んでいるか、鋭い感性を働かせよう、とおっしゃってます。「原発安全神話」については、わたくしの年代では、学校で「原発は安全」などという教育を受けた覚えはないので、最近のことなんだろうけど「原子力わくわくランド」って…sweat02。こんなセンスのカケラもないヤツラにわたくしたちは洗脳されてたのか。ガッカリだdown。このほか、神話を徹底させる戦略として、メディア、ジャーナリズムに対するブラフ(脅迫)があげられています。これほどまでにしつこく、しつこく、しつこくメディアシフトが敷かれていた、というのもわたくし、知りませんでしたcoldsweats02。それだもん、まだ生きてる中曽根康弘氏を原発問題で表に引っ張り出すなんてことが出来るわけがないわねng。そしてもうひとつが、有名人を使ったパブリシティ。そういえば広告、たくさん見たなぁ。わたくしの好きな俳優さんたちもテレビコマーシャルに出てたし~tv。あ~ぁdash。このような「PA(Public acceptance)戦略」は、戦前の軍国主義を彷彿とさせるらしい。『私たちは、敏感に感性を研ぎ澄ませ、これからの時代に備え、今回の巨大複合災害に子細に心を寄せながら、同時に、神話を形づくってきたものへの糾弾を避けてはならないと思います。救援と糾弾は平行して進めなければなりません。救援が先である。もちろん、そうでしょう。けれども、そのことによって、いま進められていることの本質、あるいは政治のこれまでのようなやり方にたいして糾弾の目を向けないというのであれば、おそらく私たちの社会では、まったく同じようなプロセスを経て、九条も、憲法も、(TPPも)同じ運命をたどることになるでしょう。私は、そのことを恐れます。』知らないということはオソロシい…shock


でも、じゃあわたくしたちフツーの人間はどうしたらいいのか?勉強したpencil、本質をある程度理解したthink、今のままではいかんangry、では、次にどうしたらいいのか、実はここんところを教えてくれる人がほとんどいないのよねempty。内橋さんたちは、阪神大震災の時、市民・議員立法の運動を立ち上げたそうです。それでも満足な法律が出来ない。ったく、この国は本当に議会制民主主義国家なのか?実は未だかつて誰ひとり正しくそれを理解し、運用したことなんかないのではないか。日本って、ほんとは国家ですらないのではないか、単なる出来の悪い寄り合い所帯だったのではないか、って最近よく思うのよねぇ~coldsweats01


あとは、結局何を言いたいんだかよくわかんなかったsmile「こころ医者」なだいなだ氏と、「言葉」というものに真摯なこだわりを見せる大江健三郎氏の講演。大江さんの、こどもの頃、お母さんと憲法の言葉について話をした逸話がとってもステキなのよね~cute。いかにも文学者の感性ってカンジでconfident


最後に、小森陽一さんが引用した井上さんの『吉里吉里人』の文章を孫引しておきましょう。『日本国の、五十代以上の人間たちよ、若くして死んでゆかねばならなかった同年代人たちの、あの呻き声をもう忘れてしまったのか。いや、おぼえているはずだ。おぼえているからこそ一度は《平和》を国是とした新国家を作ろうと決心したのではなかったか。その決心はどこへ失せてしまったのか。仕事の忙しさにかまけ、毎日の豪奢な消費生活に溺れて不幸な同年代人たちの悲痛な呻き声を忘れてしまった思い上がって成り上がった人間たちよ、ひとつだけでいい、思い出しておくれ。大日本帝国は補給がなっていなかったから敗けたという事実を。無資源国だから近代戦には向いていなかったという事実を…。兄弟たちよ、われまことに汝らに告ぐ。日本国は職業的軍隊を組織して、その軍隊が重装備をして守り切れるような、有資源国ではないのだ。分をわきまえよ、兄弟たち。もろもろの資源に恵まれ、食料自給率の高い、自立せる経済大国であるかのような、途方もなく図々しい幻想を、おのが祖国に抱いてはならぬ。すべての思い上がった幻想を捨てよ。日本国が、よく働くことが取柄の人びとの住む、小さな小さな資源小国であることを正視せよ。

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2012/01/10

「軋む社会」

東京大学大学院教育研究科教授、本田由紀氏著book。サブタイトルは「教育・仕事・若者の現在」。


まずは裏表紙から。『夢を持てない。将来の展望が見出せない。社会の軋みを作り出したのは一体誰なのか。その負荷を、未来を支える若者が背負う必要などあるのか。非正規雇用、内定切り、やりがいの搾取で拡大する「働きすぎ」・・・今、この危機と失意を前にして、働くことの意味はどこにあるのか。若者の苦しみを解き放つ糸口を探る一冊。』


社会学者らしく、統計とフィールドワークを根拠としての現状分析は説得力がありますgood。んが、やっぱり社会学者らしく、解決の糸口としての提言はかなりの部分理想論。ただし専門高校の復権という提案は、ひょっとすると日本人の親の認識に変化が起きれば、実現の可能性はありそうな気はしました。


ここでいわれる「軋む社会」の原因は、そのほとんどが、日本の産業界とアメリカの「期待」に安易に迎合する日本の政権担当者らの浅はかさだと思うんですけど…gawk


なぜ若者が排除されるのか、それは選挙によって自分たちの利益を代表する人間を政権に送らないからです、早い話が。イマイチ好きじゃないけど橋下さんも言ってマス。なぜこんなにも正規採用されるための就職活動が困難なのか。産業界からの圧力で規制緩和し、人材を景気の動向の調整弁に簡単にできるようにしたのは政治の為せるワザ。国の未来なんか省みず「今、ここにある圧力」もしくは「今、ここにある既得権益」に負けるアホ政治家たち…は、わたくしたちの鏡なんだけどサ。トホホsweat02


最近思うのは、この若者の就職難やら、原発やらTPPやら、いったいこの国の政権は国の未来を背負って立つ子供、孫世代のことを本当に真剣に考えてんのか?ってことです。片足を棺桶に突っ込んでるようなジジィが、自分の生きてるうちがよけりゃいいと思ってんじゃねぇの?子供、孫世代が安心して生活できる国じゃなきゃ、経済発展もヘッタクレもないじゃん。ってことで、最近のわたくし、マクロなレベルでイカってますpoutdash


本田さんは、虐げられている若者は連帯して声をあげろ、と言ってますが、わたくしは、連帯して選挙に行けsign01自分たちに有利な政治家に投票しろsign01と言いたい。キミらが選挙に行かないから、政治家どもにナメられんのだよchick。そしてますますキミらに不利な政策が知らぬ間に施行されていくわけだ。日本人もそろそろ本当の議会制民主主義の力を使わないとねwink


それにしても、本田さんは東大の先生だからご存じないかも知れませんが、今日びの大学卒業生の常識のなさ、使う日本語のヘンさには驚くべきものがあるんですよ~coldsweats02。企業の採用が厳選主義になってるっておっしゃってますが、せめてイミのわかる日本語の文章を書いていただかないと、仕事、出来ませんよ~bleah

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2012/01/06

「ドアラのひみつ」

2012年の幕開きはコレッsign03…って、古すぎ…coldsweats01。2008年刊ドアラさん著book。サブタイトルは「かくさしゃかいにまけないよ」。


だいたいわたくし、世の中的に猛烈なブームtyphoonが来てるときにはミジンも関心がないのに、それが完全に過ぎ去った後、ふとしたきっかけで激マイブームfujiになるといった一人時間差攻撃が得意ですscissors。東方神起とかnote


で、このドアラさんもそうhappy02。去年の夏、ヤフートップで「ドアラ二軍落ち」のニュースを見てからというもの、一気につかまれちゃいましたimpact。もー、カワイクてカワイクて、たまらん~~~~heart04heart04heart04。あの真っ青のデカうしろアタマッsign03遅ればせながら中日ドラゴンズの広報担当・石黒さんのブログを毎日遡って遡ってdash、ますますトリコになりましたlovely


ドアラさんのラブリーな写真cameraを食い入るように見つめるshineことができるこの本、ドアラさんのすっとぼけた語り口もさることながら、なんつってもやはり最後の石黒さんの文章「ごめんね、そして、ありがとうドアラ」が白眉でしょうdiamond。わたくし、ナミダを禁じえませんでした…weep。ブログもそうですが、石黒さんのドアラへの暖かい愛heart02がアフレまくる3ページ、傑作ですcrown


もともとプロ野球baseball観戦は好きなんだけど、我らが北海道日本ハムファイターズが所属するパ・リーグしか見てなかったもんで、もとより興味のない中日ドラゴンズとの交流戦も全然見てませんでした。どうやらB☆Bともとっても仲がいいみたいなのよね~happy01


しかしッsign01今季はナマドアラさんを見るッsign01名古屋ドームに行くッsign032012年の新年の誓いはコレで行きますッpunchimpactsign03

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