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2012/01/19

「心にナイフをしのばせて」

フリー・ジャーナリスト、奥野修司氏著。何年経とうが犯罪被害者・遺族の心は癒されない、という事実を克明に描いたルポルタージュ。ノン・フィクションを読んでこんなに泣いたのは初めてかも知れません。


わたくし、この著作を読むまで全く知りませんでしたが、1969(昭和44)年に神奈川県川崎市の私立高校で、入学したばかりの少年が校舎の裏で惨殺される事件がありました。犯人は同級生の少年Aで、刺し傷は47箇所に及び、鋭利な刃物で頭部を切断されていたそうです。この事件から28年後に起きたのが神戸の「酒鬼薔薇聖斗」事件でした。


奥野氏は、この事件をきっかけに少年法に守られる加害者に対し被害者・遺族へのケアが何もないことに気づき、さらに調べるうちに28年前に似たような事件があったことを知ります。ケーススタディになるのではないかとその被害者・遺族への取材を始めたところ、犯罪被害の衝撃による破壊のあまりの過酷さに、激しい理不尽を感じこの著作へと繋がりました。解説で弁護士の大澤孝征氏が書かれているように、日本の法廷を変えた渾身の一作でもあります。


両親の期待の星であった少年の無惨な姿が発見されてから、元々繊細だった母親は一時期の記憶が全くなくなるほど人格を壊され、そんな母親とバラバラになる家族を完全なる崩壊からなんとか救おうとぎりぎりのところで踏ん張る父親、兄に対して劣等感を抱き、自分が身代わりになればよかったと自暴自棄になる妹。この本はそのほとんどが妹さんの独白からなっているのですが、40年を経たこの語りが、当時の母、父、自分の状況をある程度客観的に、冷静に、そしてそれぞれの心境を深く思慮する語りになっていて、読者の心をより深く抉ることになるのです。


感情を表に出すことなく家族を守り続け、やがて癌で亡くなった寡黙な父親について語る妹さんの言葉には号泣、複雑な思いをどうしていいかわからない思春期の妹さんが、反抗や自傷行為を繰り返しながらも、やっぱり両親を捨てられないという思いを血を吐くように話す言葉に胸が切り刻まれる思いがし、ひとつの犯罪が被害者家族・遺族に及ぼす破壊力の激大さに呆然とする以外ありませんでした。


少年Aはその後どうなったか。彼は前歴を隠し大学を卒業して、この本の取材時、ある地方都市で弁護士事務所を営む弁護士になっていました。奥野氏は、母親には何かの時のためにとその連絡先と弁護士であることを知らせていました。細々経営していた飲食店を手放さなければならなくなった時、せめて借金だけでも返済しておきたいと思い詰めた母親が、つい電話してしまった時の元少年Aの最初のせりふ。「おまえ、いくつになったんだ。」動転した母親がつい慰謝料について口にしてしまうと、「50万くらいなら貸してやる。借用書を用意しとけ。印鑑証明も必要だからな。」これが少年法の「更正」の姿です。奥野さんはあとがきでこう書かれています。『ごく単純なことだが、Aが「更正した」といえるのは、少なくとも彼が加賀美君の遺族に「心から詫びた」ときだと思う。「更正」とは、そのとき遺族が加害者のAを許す気持ちになったときにいえる言葉ではないだろうか。』


出版後、さる有名評論家から、この著作は加害者Aについて言及されていない欠陥本だというようなことを言われたそうです。これに対し奥野さんは、取材を進めることは、Aの周囲の人たちにAの前歴を意図せず知らせてしまう可能性がある、それはやはり避けるべきだろうと考えたと書かれています。著者は、少年法の精神を遵守しつつその欠陥を問題化するとてもフェアな人です。さらに「異常心理など理解できない」とも書かれています。これについてはいろいろな考え方があるだろうとは思いますが、わたくし思うに、ここまで犯罪被害者の過酷さを描いたノンフィクションを世に出した、というこの1点だけであっても高く評価されるべきだと。さきの評論家なる人は、このような事実を知っていらしたんでしょうかね?ただの評論家のくせに、実りある仕事をした人にエラソーに文句つけてんじゃねぇよ、ってとこですわね。


しかし、このような著作を読んでいていつも思うのは、「絶対に読むべき人間が、まず読むことはない」ってことですね。読み聞かせでもすべきですかね?

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