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2012/11/12

「なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか」

ノンフィクション・ライター、森功氏著book。なんだかもー、すごくハラ立つっていうか、やるせないっていうか、メンタル的になかなかスルスル読み進められなかった1冊。サブタイトル「見捨てられた原発直下 「双葉病院」恐怖の7日間」。


県内だけでなく北関東各地からも、他の病院で受け入れられなかった高齢者の患者を多数受け入れてきた、福島県大熊町の双葉病院。県が地震と原発事故の混乱の最中、最低限の事実確認もせずに発表したプレスリリースによって「患者を置き去りにした」という、実際には根拠のない理由で大きなバッシングを受けることになった。著者は、非難の中心になった院長をはじめ、スタッフ、県、県警、関係した自衛隊など多方面への聞き取りにより、この、多数の命を失った事件の原因を探ろうとしている。


大地震と「想定外」の原発事故の大混乱の中、いろいろな要因が複雑にからまりあっているが、やはり一番大きかったのは情報が正しく適切な場所に伝わっていなかった、ということのようだ。情報の正常な流れは、おおまかに、現場(病院)→県警→県の対策本部→自衛隊になっていたはずだが、要は県の対策本部が集まってくる情報を適切に処理できなかったのが一番の原因のようだ。現場から何度も何度も救援の要請をしているにもかかわらず、結局すべての避難が終わったのは7日後。最後の100人近くの患者を搬出する際、避難区域ギリギリのエリアで警察官と共に待機していた院長たちスタッフは情報の行き違いで、そこに合流することが出来なかった。


著者はこの流れを、コントロールタワーたる県の担当だった人間にまず確認し、今後の災害対策のための検討材料にするよう進言するが、この担当者は責任逃れに終始するのみで事実を省みるところがひとつもない。また、避難指示命令が出た時、病院に残っていたスタッフの私物である車を乗り逃げした自衛隊の輸送支援隊長。自衛隊への聞き取りでも、まことしやかな無責任発言をするだけだ。


誰も全く予想もしていなかった事態の最中にあっては、苛酷な現場から逃げ出したとしてもそれは責められない。著者も責めてはいない。(しかし、最後のひとりまで患者搬出の意思を捨てていなかった院長はじめ病院の医師、スタッフは逃げ出したのではない。避難指示命令によりやむなくエリアギリギリのところへ移動させられたのだ。親族を失った患者遺族が病院を責めるのも、だから違うだろう。)だからこそ、多くの命を失った教訓として事実を真正面から見据えなければならないと思うのだが、実際にこの事態に携わった関係者がこんなムセキニンな態度で、今後の対策がきちんとできるのだろうか?


この件でも、県の発表をダダ漏れ同然に流したマスコミの責任は大きい。彼らこそが事後、検証して然るべきだと思うが、そのようなこともしていないようだがどうなんだろう?どうやら彼らの辞書には「裏取り」という言葉はないようだ。

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