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2013/02/23

「夜明けの雷鳴 医師 高松凌雲」

吉村昭氏著book。おととし函館野外劇を観たとき、とても印象に残ったのが高松凌雲さんのシーンflair。函館戦争の際、病院を襲おうとする官軍の兵士に対して両手を広げて進入を阻止し患者を守ろうとしてました。なんかすっごいカッコイイじゃんlovely?で、いったいどんなおヒトなのかと思って。


吉村氏の小説は初めて読んだんだけど、はじめのうちはなんだか事実の羅列ばっかで面白くなくて、やめようかと思ったくらいdown。佐藤賢一さんのを読んだ直後だったから余計にそう思ったのよねーsmile。だけど、函館戦争が進んでいって、旧幕府軍がヤラレていくあたりweepは、どうしても高松さん側に思い入れちゃうわたくしにとっては、サラッと行き過ぎてくれて逆に助かったdash。あんまり感情過多に描写されたら、浅田次郎さんの「壬生義士伝」の時みたいに、バスタオルで顔面ぐるぐる巻きにしないと読み終われなかったカモcoldsweats01


さて、モンダイの高松さんは、子供の頃から苦労してタイヘンなメに合いながらも、自分が進みたい道を求めてドンドン突き進んでいくバイタリティーにあふれまくったおヒトだったんですねdiamond。だもんで、人脈もドンドン増えて行き、優秀でもあったので(ここが大事なわけだけどsmile)、水戸の一橋家の専属医になったのが彼の人生を大きく決定付けることになったのでしたbell。将軍となった慶喜の弟が、将軍の名代としてパリ万博に招待されたときの随行員の一員としてパリに渡りship、一橋家の厚意により西洋医学を修得するに至って、その後の函館戦争での「あのシーン」に繋がっていくんですねーspade


戦後は、優秀な西洋医として引く手数多だったにも関わらず新政府から俸禄yenをいただくことをよしとせず、貧富の差なく町医者として患者を診ながら、パリで見た「貧民病院」を日本で実践すべく力を尽くした、と。一橋家(幕府)への生涯変わらぬ忠誠心を持ち続け、それを己の生き方の指針とした「義の人」で、土方歳三の医者版、みたいなカンジがするけど、かと言って榎本武揚のような人を否定することもない。かえって優秀な人材が活かされることを素直に喜んでいたりするのよね。でもこの小説の中では、病人やケガ人に対して鬼畜の所業を行ったり、ただ官軍だというだけで倣岸不遜な態度をとる官軍兵士に対してめちゃくちゃ怒ってangryちょっとした復讐をして溜飲を下げたりするところが人間くさくて、ちょっとカワイかったりもしてchick


それにしても、現在わたくしが住む函館でのほんの150年くらい前の話なわけで、地名なんかもほぼそのまま出て来て、「おおーッsign01あそこでそんなことがーッsign01」「ここでこんなことがーッsign01」って、ヒジョーに感慨深いわけです。しかし、やっぱり旧幕府軍の兵士たちの遺骸が街中に放置されていたっていうのは事実のようで…sweat02。新政府、ヒドイ…crying


函館図書館のウェブサイトで高松さんの晩年の写真が見られるんだけど、ホント、イイカンジで頑固ジジイってカンジsmile。ここにも幕末から明治にかけて、「夜明けの雷鳴」thunderのような生涯を送ったひとりの人間がいたということを知ったのでしたconfident


ちなみに、わたくしをこの本に導いてくれた函館野外劇の発案者、フィリッポ・グロード神父さんが昨年12月25日に天に召されました。ご冥福をお祈りいたします…weep

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