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2013/06/14

市立函館博物館郷土資料館~Part2

(前の記事からの続き)

ここでも復元の様子がビデオtvで流されていて、保存されていた「杉板」や「レンガ壁」が見られます。「杉板」の復元したものは箱館奉行所で見られましたが、こちらが同様のものの原本。ボソボソsweat02

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こちらの写真は、函館湾に面したところに建てられていた「勝田旅館」hotel。宿泊客も外国人が多いようです。函館では有名なソーセージ職人のカール・レイモンさんの奥様のご実家だったそうです。あぁ、ハイカラhappy01

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こちらが、熊四郎さんが洋行の折イタリアで購入したスイス製のオルゴールnotes。1892年にご購入だそうですから製造から120年以上は経ってるってことですね~。スゴーcoldsweats02。入口すぐのセンターに鎮座していました。おじさん、早速回してくれますhappy02


函館は、船shipから街を観たとき外国人へのアピールのため、洋風に見えるよう1階は和風、2階は洋風に建築するよう揃えたようで、それは今でも元町界隈 に残っていて函館の街のイメージを決めていますgood。しかし現在に至るまで、函館市中は何度も大火に見舞われており、再建のたびこの和洋折衷様式は継承されていて、他の地域ではあまり例がない。それについては何故なのか、資料館のおじさんもわからないとおっしゃっていました。恐らくそれは、ハイカラの街・函館の 自負、というか誇り・心意気diamondの現われなんだと思いますshine


それにしても、こうやっていろんなシンドい目weepに遭いながらも逞しく生き抜くpunch函館の商人やその街並の写真を見ていて、フと思ったコト…。後世のわた くしたちが「ロマン」だなんだ、って言ってる函館戦争bombって、函館市民にとっては実はすんごいメーワクdangerなことだったんじゃないか、と。江戸幕府軍とそのクーデターの軍隊が京都や江戸でドンパチimpactやるのはまぁしょーがないと思うけど、当時の函館人としては、それがよもや函館に飛び火するとはッsign01ってカンジ だったんじゃないかしら~bearing。榎本さんが船に乗ってやって来て、蝦夷に共和国をおっ立てるなんつって函館に上陸したせいで、街に砲弾がドスドスthunder落ちることになっちゃったわけだからsweat02。まぁ、逞しい函館人はどこぞに避難してrunいたんでしょうけど、そーゆー市井の人たちからの視点eyeも忘れちゃいけないよナー、なんて思ったのでしたthink


なんて、殊勝なことを書きつつも、次は「土方歳三記念館」かーcatface?とミーハー丸出しのわたくしでしたsmile

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