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2014/12/10

「三國志 第六巻」

宮城谷昌光氏著book。第六巻は、「官渡の戦い」に勝利crownした曹操が、袁家を滅ぼし勢力を拡大してゆく中、劉備が諸葛亮を得、「赤壁の戦い」から荊州をゲットするところまでが描かれてます。が、「演義」とは違い、淡々と進んでいきマスsmile


まず、ビックリcoldsweats02したのが劉備の軍師、諸葛亮と並び称される龐統について書かれた部分で。『政治とは美しくみせるということが基本であり、その政治にたずさわる者は美しくなければならないという固定観念が古くからある。その点、容姿に冴えのない龐統は劣等であるとみなされ、まったく注目されなかった。』ええーッsign02美しくないと政治しちゃダメなのーッsign02この龐統サン、赤壁で呉軍が勝った陰の功労者なのに、孫権にブサイクなのを嫌われてsmile、劉備の元に行ったという逸話があるのよね。まぁ、確かに孫家の周りは孫策とか周瑜とかイケメンshineばっかしだったから、容姿の許容レベルはかなりハイupwardrightだったかも知れないけどねー。それにしてもヒドいcoldsweats01


その劉備について、宮城谷さんの筆は相変わらず満載catface。まだ袁紹が北の地でブイブイdash言わせてたとき、漁陽郡の太守に、混沌とした天下において誰につくべきか、と問われた田豫という才人が、若い頃劉備に付いていたにもかかわらず、「そりゃー、曹操でしょ。」と言ったことに触れて。『劉備に従いつつ英雄たちの盛衰を眺め、曹操軍とも戦った田豫の見識とは、そういうものであった。劉備の名をまったくださなかったのは、田豫を幻滅させた何かが劉備にあったからであろう。劉備は幽州の涿県の出身であるから、公孫瓚の勢力を継承して北方で覇業を成してもよさそうであるのに、なぜか故地から遠のいてゆき、幽州でも劉備の帰還を望む声はひとつも揚がらない。かつて青州平原郡の劉平という者が劉備の暗殺を計画して刺客を放ったが、それは正当な理由があったことで、若いころの劉備はそうとうな悪事をおこなったと想われる。それを知っている幽州と青州の人は、劉備を嫌悪したのである。』coldsweats02。もひとつオモシロかったのが、かねて劉備の人格に疑問を持っていた糜芳(兄の糜竺に連れられてきた)が、尊敬する趙雲サンに劉備の人事について不平を言ったところ、非常に奥深い返事をされたがその時は意味がわからなかった。で、後に趙雲サンの言ったことと諸葛亮が劉備に進言したことが同じであったことがわかった時、『どうやら劉備はそこまで考えておらず、諸葛亮におしえられたはじめて気づいたにちがいない。それは趙雲とおなじものを視て、おなじことをきいても、真相を洞察できない自分に似ている。自分を軽蔑するついでに劉備を軽蔑してもよいであろう。』ププッdeliciousdashsign01趙子龍は、劉玄徳のどこがよく、随従しつづけているのか。これも洞察力にかかわりがあることなのか。自分は目の前の劉備しか視ていないことになるのか。』わたくしも同感smilesign01こんなオトコのどこがいいのかsign02


毎度恒例、曹操のステキな部分heart04。曹操が下って来た敵をも許す度量の大きさはどこからくるのか。それを推察したのが手堅い働きをしていた部下の李典サン。『じつは、曹操こそ、天地人をみても、何もみえなかった人なのではあるまいか、と李典は考えている。あるとき曹操は、みえるようになったのだ。それゆえ時勢がみえず、やむなく敵対した者を赦すことができるのではないか。そういう人であるからなおさら尊敬することができる。』なるほどconfident


その曹操が絶大な信頼を寄せていたのが、いとこの曹仁。江陵で周瑜と戦っている時、10倍以上の敵軍に囲まれた部下の牛金の部隊を一騎で助け出したウルトラかっこいー武将spade。ここらあたりを描く宮城谷さんの筆がまた熱くてカッコイーのよねーhappy02。自分の作戦が裏目に出て、部下を窮地に陥れてしまったことに怒って、臣下・陳矯が止めるのも聞かず、単騎で乗り込んで行き、一旦は牛金の部隊を逃れさすも、まだ部下の数が足りないのに気づいて、再び敵軍の中に飛び込み、残らず連れ出しちゃうleo。『曹仁のうしろを走る数個の影をみたとき、陳矯は涙をながしそうになった。無名の兵への愛憫の深さが、そこから陳矯の胸にまでとどいた。』ここは、臣下の陳矯の、曹仁に対する敬愛の情ももれなく描かれていて、思わずわたくしもナミダを流しそうになったワーweep


宮城谷さんって、硬い文章diamondの中に時々、ハッcoldsweats02とするようなステキな表現shineを紛れこませるのよねー。『そのために立てた使者を、張既と、いう。めだたないが、まぎれもなく賢臣である。歴史のなかで澄んだ音をひびかせる玉石のような人である。』『そういう游楚の生き方を観ると、つくづく游殷の偉さがわかる。ここにある薫りのよい光景の源にあるのは、游殷が家族をおもう情の深さであろう。』わたくし特にスキheart02なのは次の文。『かれ(徐庶)は劉備をつかって臥龍を起こし、その龍の背におのれの夢をくくりつけると、その夢を手放して、覇権を天空でつかむような飛翔につきあわず、老母の手をひいて地上を歩いたといえよう。その地上に龍の翳が落ちたのをみたにちがいないのに、一言の感想も遺さずに死去した。』ステキ過ぎ…weep


ってなことで、宮城谷さんの名文も愉しみつつ、次巻へッsoon

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