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2015/04/03

「隣の家の少女」

いや、確かに読んでる最中は気分が悪くなるけどshock、いろいろと考えさせられた小説book。ジャック・ケッチャム著。ただのホラー(っていうのともちょっと違うし)もので終わってないのは、アメリカで実際に起こった事件をヒントにしたからじゃないかと。


人間に対する洞察が非常に深い。他人に平気で暴力をふるうことができる種類の人間は、ここでは2種類描かれている。ひとりはきっかけをつくった主婦で、彼女は明らかに精神に支障を来たしている人物。そしてもう一種類は、まだ善悪の区別がはっきりとつかない少年・少女たち。主婦が禁止することはやらないが、そのタガがはずされるとひたすら己の欲望に忠実になる。


そして、そこにまた別の種類の人間もいて。それがこの小説の語り手。すさまじい暴行には参加できないが、そこに抗い難い魅力も感じてしまう少年。彼は、一般的には理解しやすいタイプで、もし自分がその場面にいたらもしかすると同じような行動をするかも知れないと想定できる。彼は最終的には被害少女を救おうと決死の反撃を試みるのだけど、一歩遅かったのね。 


恐ろしいのは、暴行を主導した主婦が、被害少女が現れるまでは近所の子供たちからは慕われていたということ。自分たちをオトナのように扱ってくれる主婦は、ガキどもには人気があった。普段何てことないように見える人間も、きっかけがあればもしかするとそのダーク・スイッチが入って、豹変するかも知れないコワさ。


この小説はお勧めしない、という人もいるけれど、それは現実の悲惨さから目を背けることにならないだろうか。現実には、日本でだって同じような事件はしょっちゅう起こってるし、世界を見渡せば残酷な戦争は続いている。その背後にあるメンタリティは、この小説で描かれていることとたいして違いはないだろうと思う。


初めはそれほど大きなコトだとは思ってなかったのに、いつの間にか暴力はエスカレートして、やめさせようとすれば今度は自分がやられる。自己抑制ってやつだけど、自分の身を守るためには仕方ない。そうしているうちに暴力の嵐はどんどん激しくなっていって、もう行き着くところまでいくしかない。…これって、特定秘密保護法やら集団的自衛権モンダイやらといろんなフェーズで実はつながるハナシだと思うのよね…。


ま、いずれにしろ、再読したいとは全ッ然思わない作品であることには間違いないケドね。

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