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2015/05/13

「戦争プロパガンダ10の法則」

なんだか暗澹とした気分…typhoon。またもや無力感に苛まれる…sad。歴史学者で、ブリュッセル自由大学批評学教授であるアンヌ・モレリ氏著book。歴史批評を近代メディアに適用し、世論を特定の方向に誘導するからくりを体系的に分析してきた人だそう。


最近の日本では、“こども総理大臣”のおかげでキナ臭い悪臭が漂ってきて、全くヒトゴトではないカンジになってきたので、この本を手に取ってみました。メディアというものがほとんど信用のおけないものだということはわかってはいたけれど、これまで“哲学の国”だと思っていたドイツやフランス、“紳士の国”イギリスでさえも戦時にはデマを垂れ流し、戦争継続へ国民を向かわせる、およそ非理性的反知性的な役割を積極的にメディアが担っていた、ということを知り愕然としましたよsweat02


で、これまで繰り返されてきた歴史が証明している、「戦争プロパガンダ10の法則」とは。


①「われわれは戦争をしたくはない」~第1次&第2次世界大戦開戦前の各国元首の言葉を例にとり、平和のために努力していると声高に言っていると筆者は書く。『すべての国家元首が、すべての政府が、こうした平和への意志を積極的に口にするとなれば、それでもときには、いや、かなりの頻度で戦争が起こってしまうのはなぜだろう、という素朴な疑問が、当然のことながらわきあがってくる。』日本の“こども総理大臣”も、やたら“積極的平和主義”なるものを連呼していますね。


②「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」~ここでも同様に過去の例を引き合いに、『われわれは「いやいやながら」戦争をせざるをえない。というのも「敵国」が先に仕掛けてきたからであり、われわれは「やむをえず」、「正当防衛」もしくは国際的な「協力関係」にもとづいて参戦することになったのである…。』はい、日本の“こども総理大臣”は決定しました、すなわち“集団的自衛権”の行使を。アメリカさんとの協力関係にもとづいて参戦します、と。


③「敵の指導者は悪魔のような人間だ」~アメリカさんがよくやる手。『たとえ敵対状態にあっても、一群の人間全体を憎むことは不可能である。そこで、相手国の指導者に敵対心を集中させることが戦略の要になる。敵にひとつの「顔」を与え、その醜さを強調するのだ。』『たしかに、こうした敵に人物像が正しい場合もある。だが、こうした敵の「怪物」も戦争前は歓待されていた人物だったというのはよくある話であり、勝敗が明確になった後は、再び高い評価を得ることもあるのを見落としてはならない。あらゆる方面から物事は見られるべきである、ってことですね。“これしかない”ってことはないわけです。


④「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」~これって分り易す過ぎだわよね~smile。国民をバカにしてんのかッsign02なカンジ。『多くの場合、経済効果を伴う、地勢的な征服欲があってこそ、戦争が起こる。だが、こうした戦争の目的は国民には公表されない。』でも今の日本では、あからさまに“経済最優先”だから、さすがにこれを真に受ける日本人はそんなにはいないでしょう。『フランス人ジャーナリスト、カヴァンナが美的に表現したとおり、「弾薬の商人がノルマを達成し、セメント商人がそろそろ自分の出番だと思いはじめる頃に」戦争は終わるのだ。』いまや日本も武器輸出が出来る国になったし。


⑤「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」~ここでも、あらゆる方面から物事は見られるべきだってことに思いを致さねばなりませんね。『ここでいうプロパガンダによくみられる現象とは、敵側だけが、こうした残虐行為をおこなっており、自国の軍隊は、国民のために、さらには他国の民衆を救うために活動しており、国民から愛される軍隊であると信じ込ませようとすることだ。』これって、ISISの例でも考えさせられることです。テレビで見せられていることが“全て”なのか?『どの参戦国にとっても、戦争の根源は暴力であることには変わりはない。人間的で穏便な戦争など絵空事でしかない。戦争に人間味を求めても無駄である。戦争プロパガンダの主張とは裏腹に、戦争が暴力である以上、フェアであるか否かを問うのは無理なことだ。』反知性的世界。


⑥「敵は卑怯な兵器や戦略を用いている」~『必死に戦っているのに、勝利の可能性が感じられず、新兵器をもっていないぶん自分たちのほうが不利だということに気づく。自分たちが使えない兵器を、敵が一方的に攻撃に用いるのは卑怯だと思う。かくして、自国がおこなうときには合法的かつ巧妙な戦略として有効な「奇襲」も、敵陣が仕掛けてくれば卑怯な行為と非難する。』もはや笑える域に達してると思うけど、日本の太平洋戦争末期はこんなカンジだったんだろうなぁ。


⑦「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」~もう憐憫の情しか浮かんで来ない…。


⑧「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」~メディア以上に罪は重いかも。戦争プロパガンダには、カミーユ・サンサーンスやドビュッシーも加担したようだ。筆者は問う。『戦意高揚のために芸術家、知識人、文化人が駆り出されるとなると、二つの疑問がうかぶ。ひとつは、知性、才能とは何かという疑問であり、もうひとつは、なぜ彼らがその精神を、その筆を、戦争プロパガンダに提供したのかという疑問だ。』これについての明確な解答はない。ただ『ナチによる欧州各国への侵攻が始まると、ファシズム支持の知識人や芸術家以外には活動の自由が与えられなくなり、反ファシズムを信条とする文化人たちは、亡命や沈黙を余儀なくされた。』と書かれている。


⑨「われわれの大義は神聖なものである」~これは無宗教のヒトが多い日本にはあんまり関係ないかな~と思ったけど、次の一文を読んだとき、なんかいやーなカンジがしたのよねー。『中世、聖トマス・アクィナス(1225-74、スコラ哲学の完成者)は、「倫理的に許される戦争」の条件を次のように定めた―「正当な理由があり」「正式な政府が」決定し、「他に選択肢がなく」「害をもたらす悪に釣り合った規模の」戦争であること。その後、キリスト教国の元首たちは、戦争を始めるに際し、この条件を満たしていることをよりどころとするようになった。』もしかして、日本の“こども総理大臣”もこれを基準にしてるのか?


⑩「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」~はぁ、これが一番悩ましいモンダイなのよね。もし戦争になったら、わたくし、コレに該当しちゃうもん。『これまで述べたように、戦争が始まると、もう誰も、公然と戦う理由を尋ねたり、本来の意味を「ねじまげる」ことなく和平を口にしたりすることはできなくなる。メディアは政治権力と密着した関係にあり、いざとなると本当の意味での意見の多様性を守ることはできないのである。もちろん欧州の各国の憲法では、言論の自由が保障されており、これは戦時でも変わりない。だが、現実として、自由な発言を続けることはかくも難しいのだ。戦時には、政府に対する批判をさし控えるというのが暗黙の了解なのである。神聖なる団結という概念は今も有効なのである。だが、戦時に政府が判断を誤った場合、多大な損害が生じることになる。だから、本当は戦時にこそ、政府の誤った決定を正せるように、言論の自由が保障されるべきなのだ。』今の日本では、既に自由にモノを言うことが出来なくなりつつあるようで。


わたくしが今危機感を覚えるのは、この、ほとんど言論統制に近い日本のメディア状況なのよ。『戦争を開始し、さらに続行するためには国民の同意が必要だ。国民を説得し、同意を得るための手法は、どんどん巧妙になってゆく。一部の人間の考えに反し、ひとたび戦争が始まると、メディアは批判能力を失う。たとえ、「民主主義国家」でも、情報および映像の製作、放送に関しては画一化が著しく、政府の意図に反する映像、反対する意見はマスコミにもとりあげられない。


そして以上を受けて、筆者は最後に言う。『多くの場合、人々は、敵陣に懐疑主義があるのを喜び、自分の陣営ではそれを歓迎しない。だが、超批判主義を通せば―たとえ、否定主義のような嘆かわしい愚行さに行き着こうが―良心を殺すこともない。行き過ぎた懐疑主義が危険であるとて、盲目的な信頼に比べれば、悲劇的な結果につながる可能性は低いと私は考える。メディアが日常的にわれわれを取り囲み、ひとたび国際紛争や、イデオロギーの対立、社会的な対立が起こると、戦いに賛同させようと家庭のなかまで迫ってくる。こうした毒に対しては、とりあえず何もかも疑ってみるのが一番だろう。』なんと大げさな、と思うけれど、でも戦争を知らないわたくしには未知の世界であって、戦時とは、これほどまでに過酷なものなんだろうと想像する。


どう考えてみても、わざわざ挑発的な文言を繰り返すことによって戦争をしたがってるとしか思えない“こども総理大臣”がいる限り、今現在、日本が戦争に巻き込まれる可能性が戦後最大になってるわけなので、わたくしもいろいろ考えておかなければならないなぁと。この本を読んでみて、やっぱりな…な思いは強化されましたよ。はぁ~dash


いや、それにしても、戦争や紛争のベースにあるヨーロッパの政治的、宗教的、民族的な問題は、日本のメディアに接する限りでは全くわからない複雑なものなのだってことを突きつけられました。アメリカの言ってることを聞いてるだけでもダメだわね。やはりこのテのものはヨーロッパの著作物にも触れなくては、デス。

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