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2015/11/02

旧相馬邸

Img427_2ほんとにこの頃の函館はインターナショナルな港街waveだったってのが実感としてわかるワーhappy01。タモリさんが訪問してから大人気だという、明治41年に建てられた和洋折衷の住宅、旧相馬邸、見学してきましたshoe


新潟から商売をしにやってきてship、函館戦争の混乱typhoonに乗じて巨万の富yenを築いた相馬哲平の私邸house。金森商船の金森さんもそうだったけど、“機を見るに敏flairで、ある意味“蛮勇”的leoなものがあるとこの頃の函館では一挙にのし上がるupことが出来たわけですねーsmile。ただ相馬哲平さんがエラかったのは、町への貢献がハンパなかったってことfuji。現在も残る公会堂の建築費のほとんどを出していらしたとかmoneybag


Img422_2インターナショナルを実感するのは、海外からのお客様を“おもてなし”するための部屋の数々。ニッチなところでの奥ゆかしいオシャレ仕様(引き戸の取っ手に使われている亜鉛ガラスsign01)が光るshine完全なる洋間と、客用バスルーム。客用のお風呂、洗い場の広いこと、広いこと。使い心地良さソーspa。たくさんある居室の釘隠しがこれまたいろいろなデザインになってるところもアソビ心が満載でイイですねーgood。折鶴なんて初めて見たかもeye。応接間の筬欄間の鳳凰の彫刻も見事でしたshine。床の間には、幕末三舟の書があって、山岡鉄舟はよそでも見たことあったけど、ここには勝海舟の書がありました。勝さんは江戸っ子で、べらんめぇ口調のイメージだったけど意外と文字は繊細cute。気配りのヒトだったのかしらねsmile


ところで、この応接間に掲げられた解説パネルでへぇぇぇ~~coldsweats02っと思ったことがありました。この勝海舟の、極貧だった若かりし頃、経済的援助をしたのが函館の豪商・渋田利右衛門なる人だったってことspade。「本でもお買い」なんつって、200両もの大金dollar(今だと500万円くらい?)をぽーんッsign05sign01と渡しちゃったりしてたのねーcoldsweats02。この頃のお金持ちってなんかみんなふとっぱら~~wave。きっと自分も苦労した時代があったからなんだろーなーconfident


家の財産を大火から守ったという土蔵に、小玉貞良の「江差屏風」や蠣崎波響の「夷酋列像」のレプリカなどが展示されてます。ここでもわたくし初めて知ったことがありまして。「北海道」の命名の由来。アイヌのひとたちが自分たちのことを「カイ」と呼んでいたので、探検家松浦武四郎が「北のカイの道」→「北海道」とした、と。ん?もしかして学校で習ったりしてたのかなー??ところで、この松浦さんってイラストも上手good。まぁ地図を作成するくらいだもんねーhappy01。で、ほんとは、函館戦争についての展示が見たかったんだけど、それが展示されてる2階の屋根が改修中recycleで、階段が通行止めになってたのよねdanger。結構わたくし熱心に見て回ってたので、案内の方に声を掛けられて、ちょうどこないだまで浅田次郎さんの「壬生義士伝」を再読してたから2階の資料をぜひ見たかったと恨み言を言ったら、大変恐縮してらした。はははcoldsweats01


近年増築した部分は、現在宿泊も出来るようになってるようで、泊まることが出来ればなかなかに風情のある函館旅情が楽しめそうですnote

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