« 二胡アンサンブル梅花(メイホア) コンサート2016 | トップページ | 札幌交響楽団 第592回 定期演奏会 »

2016/08/26

「冬の光」

冬の光

なんだかとてつもない虚しさを感じる一冊book。お気に入りの作家、篠田節子さんの長編。こんなところにまで篠田さんは到達してしまったのか…ってゆーのが、読後とりとめなくいろいろ考えた後のスナオな感想かしら…dash



この作品には様々な人間たちが登場するんだけど、最終的には「人間ってこんなもんなんだろーなぁ~」ってところに辿り着くカンジ。読み終わってすぐには、W主人公のうちのひとり、父親・康宏の生き方に「ったくオトコってヤツは…。しょーもねぇなぁ~。gawk」って思っちゃう。“家族の役割”としては妻子を長年に亘って裏切り続けてきたくせに、ある瞬間には急に家族の幸せにヒタってみたり、ホント、なんつー身勝手なヤツッangryannoysign01だし、東日本大震災でボランティアをして筆舌に尽くしがたい残酷さを体験した後四国遍路に出るも、その行動の根底は哲学も信仰もない空疎であることに気付く。でもだからといって結願した後に何か特別な決意をするでもなく、日常に戻って行こうとするのよね。篠田さんはここで理想を描くのではなく、現代日本人の持つ一面、どうしようもないスカスカさemptyを示してるのかもthink


そしてこの父の長年の“浮気”相手、美術史学者・笹岡紘子は、別の一面が強調された現代日本人の姿かなと。“独立する女性”の片面のみを頑なに推し進める生き方は、やはり矛盾をはらむものだと思うのよね。自分のパートナーの裏切りには傷つくのに、己が逆の立場になっていても何の疑問も感じない。モラルとして「相手の妻のことは考えないのか」と責めることもできるけど、非常に論理的な紘子がそれに気付かないのは何故なのか。“結婚して自立していない女”は一顧だにする必要はない、ということなのか。裏切られたら別れればいいじゃない、と。アカデミーで、後進の女性学者のために孤軍奮闘した彼女であるが故に疑問が残るのだわthink。で、ここでも、後進のためと思って彼女がすることが、あまりにラディカルであったために、肝心の後進の女性学者たちにも理解されなかったっていうのも現実にある話。60歳になってもその信念を実現させるための効果的な方法を見つけられなかったなんて、お気の毒なヒトではある。もう少しでも相手の立場や心情を理解しようとしていれば、結果は違っていたかも知れないのにね。でも彼女にはそれが出来ない性質だったんでしょう。


で、その紘子さんには“一顧だにされない”女、康宏の妻と長女。“浮気”が発覚した時の妻や長女の言動は、あるわよね~~、なカンジで、わたくしにはよく理解できるcoldsweats01。フツーはこーなるでしょう。伝統的性別役割分業を生き続ける人たち。


そしてもうひとりの主人公、次女の碧は、そんな反応を見せる母や姉に対し嫌悪感を抱き、父の四国遍路の後を追いながら痕跡を探していくんだけど、父親のエピソードをゲットするたびに落とされたりdown上げられたりup、娘としていろんな複雑な心境になり忙しいの。この心境、わかるthink


この痕跡探しから娘が想像する父の姿と、交互に並べられる父自身の語りに、激しい落差updownがある、ってところがこの小説のミソ。親子だからこそ、夫婦だからこそ知りたくないこともあるし、心の奥底で否定したいこともあるだろう。そしてなによりも、他の人の人生は永遠にわからない。っていうか、自分の人生だってわかんない。あー、なんだかちょっとコワくなってきたワ…shock

|

« 二胡アンサンブル梅花(メイホア) コンサート2016 | トップページ | 札幌交響楽団 第592回 定期演奏会 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213530/63600823

この記事へのトラックバック一覧です: 「冬の光」:

« 二胡アンサンブル梅花(メイホア) コンサート2016 | トップページ | 札幌交響楽団 第592回 定期演奏会 »